第11話

 全身を冷たさが包む。ずっしりとした質量に包まれ、身体が束の間無重力を味わう。

 ざあ、と身体が押し出され、そしてまた引き戻される。押し出される。引き戻される。

 ぽかんと開けた口内を、塩気が満たした。慌てて顔を上げる。

 私は海にいた。

 しかも、海岸にほど近い位置だ。右足はやはり動かない。両腕と左足でバランスを取りながら、海水を吐き出し、深く息を吸う。何としても岸までたどり着かなくてはならない。再び海水の中へ頭を入れ、水をかいた。

 しかし、想像以上に私は疲れていたらしい。丁度引き潮の時間なのか、どれだけあがいても引き戻されてしまい、一向に岸が近づかないのだ。

 ――ちくしょう。

 慣れない悪態をつく。海水が濁っているせいで方向感覚も狂い始めていた。目指しているはずの方向が、いつの間にか右手側へ、あるいは左手側へ移動する。かといって、顔を上げたまま泳ぐのでは、推力が足りない。

 自分は溺れかけているのだ、と自覚し始めた。すぐに沈むことはないにしても、引き潮によってあと数時間は漂う羽目になるだろう。この先を思うとため息が出た。

「大場さん」

 聞きなれた声がして、誰かが私の右腕をつかんだ。

「こっち、手を貸してくれ」

 相手は複数人いるらしい。私の左脇にも、誰かの手が差し込まれた。そのまま彼らは私の身体を岸に向かって引っ張り始めた。

「――松井くん」

「灯台に張っていて正解でした」

 松井と梶が私を引き上げようとしている。

「大場さん、ひどい顔ですよ。けがはないですか」

「右足が折れてる」

「なんてこった」

 浅瀬になると、二人の肩を借りて進んだ。右足を持ち上げることもままならず、地面に触れるたび激痛が走る。

 浜辺から少し離れたコンクリートの上で、私は座り込んだ。海岸沿いに、小さく灯台が見える。私が『水脈』に突入した灯台だ。

 周囲には、レジスタンスのメンバーがそろっている。私の名前と素顔が報道されて以降、『水脈』に私が送り込まれるに違いないと推測し、彼らは連日この灯台を見張っていたそうだ。今回は、命を助けられてしまった。

「大場さんは、なぜ海に?」

 松井の問いに、私は何をどう返せばいいのか分からない。

「みんなが考えていたとおり、まずは『水脈』へ送り込まれたわ。爆弾と一緒にね」

「爆弾?」

「国は『水脈』を爆破すれば、『ミズカラ』たちを壊滅できると思い込んでる。それで、私を爆弾の重りにしたってわけ」

「なんてことを」

 松井をはじめ、池下や三船らが怒りの表情を浮かべている。彼らに、隊員らの目の前で着替えさせられたことを言ったらどうなるだろうか。でも、それはもっと後だ。

「目論見どおり、『水脈』で爆発が起きた。でも、私は助けられた。爆風から守られ――どうやったのかは分からないのだけれど――、抜け道を教えられ、気付いたらあそこにいたの」

「助けられたって、誰にですか?」

「桜庭さん」

 全員が息をのんだ。

「生きていたんですか? しかも『水脈』で」

「どういう経緯で、なんのために、あそこにいたのかは知らないわ。でも、生きていたのは確か」

 少し嘘を織り交ぜる。彼は私との死闘の末、橋から転落した。そうして、あの『水脈』へたどり着いたに違いない。

「それって――」

 松井がなおも何かを尋ねようとした。しかし、その言葉は宙に浮いたまま消え去った。

 レジスタンス全員が海を凝視している。

 灯台の方でも騒ぎが起きているようだ。何名もの隊員が灯台の外へ出てきて、海を指さしながら叫んでいる。こちらの存在にはまだ気づいていないようだ。

「何が起こっているんですか?」

 白井美里がつぶやく。でもそれは、誰かに答えてほしくて口にしたものではないだろう。

「きっと、『水脈』を爆破したせいだ。

 松井の仮説はきっと正しい。爆破のせいで洞窟が損壊し、どこかに穴が開いたのだ。そして、やつらはそこを通り抜けてきた。

 私たちの眼前に広がる海から、無数の『ミズカラ』が現れ始めていた。

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