第10話

 爆発は一瞬で、そのコンマ数秒の間何かが私を爆風から守ってくれた。

 私を取り囲んでいたという『ミズカラ』たちは跡形もなく吹き飛ばされたらしい。目を開けたとき、私の周囲には何もいなかった。

 爆発によって水脈の機能がおかしくなったのだろうか、今まで見えていた白い神殿と重なって、激しく損壊した暗い洞窟が見える。二重写しの視界は吐き気を催すコントラストだ。

 立ち上がって、うめき声を上げる。右足が折れているのを忘れていた。左足に力を入れ、溜まった水に顔から突っ込まないよう踏ん張る。

 洞窟の壁がはがれ、そこかしこに瓦礫が沈んでいる。足を取られないよう注意を払って進む。

 階段を目指す。真っ白で神秘的な階段は崩れ、柱も倒れかけている。それらを透かして、苔の生えた瓦礫の山が見える。はっきりと視認はできないが、瓦礫の山はかなりの高さまで重なっているようだ。先ほどの爆発で一部が崩れたと見え、不安定に傾いている。

 瓦礫の山の上で、何かが動いた。

 目を凝らす。二重になった視界で、はっきりと姿を捉えることができない。人のような形をした、しかし人にしては背の高すぎる何か。

 きっと『ファーザー』だ。

 それは明らかに私の姿を認めていた。巨体を折り曲げて、しげしげとこちらを眺めている。急がなくてはならない。

 ――階段の十三段目、一番左の扉。

 瓦礫の山に手を掛ける。四つ這いになって階段を上がるような格好だ。なりふり構ってられない。なぜなら、『ファーザー』が少しずつこちらに近付いてきているからだ。

 背後を振り返ると、白いベールの向こうに、薄ぼんやりとした影がいくつも見えた。どうやら吹き飛ばされた『ミズカラ』たちも復活し始めているらしい。ここが水脈だからなのか、復活にかかる時間が極端に短いようだ。

 数段を上ったところで滑りかけ、慌てて近くにあった岩盤にしがみつく。『ファーザー』がその巨躯を動かして瓦礫の山を下るたび、私は揺れと落石に見舞われているのだ。今滑りかけたのもそのせいだ。

 やっとのことで十三段目にたどり着いた。しかしここで、私は動きを止める。

 一方の目には、瓦礫の山と、じわじわと迫って来る『ファーザー』しか映っていない。もう一方の目には、しゃれた扉が二つ、ひどく傾き、見えている。爆発で位置がずれたのだ。そして、左右に並んでいた二つが重なってしまったのだ。

 力を込め、重なった扉をもとの位置に戻すことには成功した。本来なら存在していないはずのものを動かすのは奇妙な体験だった。手触りも、重量も確かに感じているのに、一方の目には何も映っていない。

 ずし、と嫌な軋みが足元で上がる。目を上げると、手の届く位置まで『ファーザー』が迫っていた。真っ黒な顔面に亀裂が入っていて――口だ――それを大きく開けている。

 外見は『ミズカラ』とそれほど変わらないのだな、と私はどこか他人事のように思う。ただ『ファーザー』というだけあって――ただ単に桜庭さんがそう名付けただけなのかもしれないが――頭の大きさに対して、身体もそれなりにがっしりとしているようだ。そして、全身が『ミズカラ』の二回りほども大きく、灰色がかっている。

 そいつは私に手を伸ばし、肩のあたりを人差し指で小突いた。敵意をもって攻撃したというよりも、珍しい小動物に触れようとしているような、そんな感じがした。

「あ」

 私は間抜けな声を上げて、瓦礫の山から転げ落ちた。右足の膝から下が踊り、焼けるような熱さを感じてから、もうよく分からなくなる。

 幸いだったのは、落ちた先に水があったことだ。全身ずぶ濡れ状態になった私は、間を置かずに立ち上がることができた――もちろん、その辺の瓦礫につかまりながら、だけれど。

 私を追ってきた『ファーザー』の手を払いのける。『ミズカラ』を撃退するようにはいかない。ずっしりとした重量を感じる。そいつは物珍しそうに、弾かれた手と私を交互に見ていた。

 このまま対面していれば、『ファーザー』は興味の赴くまま、いずれ私を握りしめたり、両手で挟んだりするだろう。何としてもそれを避けねばならない。

 迷っている暇はなかった。『ファーザー』の股下を潜り抜け、再び瓦礫の山へ手を掛ける。極力右足を使わぬように、両腕の筋力で登った。一度だけ後ろへ目を向けると、『ファーザー』は不思議そうにこちらを振り返っているところだった。ものの数秒で足をつかまれて引きずり降ろされるだろう。運悪くそれが右足だったら、ちぎれかねない。

 問題なのは、どちらの扉を選ぶかだ。先ほど私が動かしたために、元通りの位置に扉は鎮座している。だが、左右が入れ違ってしまっている可能性もある。

 足音がした。『ファーザー』だ。

 蹴りを入れられるよう振り向いたが、『ファーザー』はこちらを向いていなかった。

 階段と反対の方向――私には暗闇と白いタイル張りの床が見えている――をじっと見据えている。私もそちらに目を向けたが、何も見えなかった。

 どうだっていい。まずは扉までたどり着くのが先決だ。腕を必死で動かす。

 背後の『ファーザー』がギョオオ、と声を上げた。威嚇しているのだろうか。

 どこか遠くから、桜庭さんの声が聞こえた。

「右側だよ」

 私は迷わず、言われた通りの扉を開いた。

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