第9話
「あの扉は、別の世界に通じている」
どうやって外したのか、さっきまで私の首元にはまっていた爆弾をくるくるともてあそびながら桜庭さんは言う。
「別の世界?」
「僕の知ってる限りでは、巨大ロボットのある世界、生ける屍であふれた世界……」
彼が冗談を言っているのかどうか、私には判別がつかない。わずかにかすれた声は、以前と変わらないままだ。
「どうして、とは聞かないでね。僕にも分からないんだから。ここにこの場所があって、別世界に通じる扉まである、それだけ」
「佐久間は別世界の扉を開けたからああなったの?」
「佐久間?」
「前にここに来た――」
「ああ、そうだね」
桜庭さんは得心したように何度もうなずく。
「彼が開けたのは、生ける屍であふれた世界だと思うよ。指が生えてたでしょう? あれ、ゾンビの指」
頭が追い付かない。別世界に行ったからと言って、あんなふうになるのだろうか。
「別世界に顔を出して無事では済まない。俗に言う異世界みたいなものとは違う――どう違うかって言われても困るんだけどね。とにかく彼は、混ざってしまったんだよ」
事も無げに言う桜庭さんを、私は相当怪訝な顔で見つめていたはずだ。彼は苦笑いを浮かべ、「そんなに睨まないでね」と言った。
「ずっとここにいたんですか」
「まあね」
それなら、なぜ佐久間たちを助けてくれなかったのか。そんな恨み言を口にしそうになる。私のことは助けたのに――。
でもそれは分かり切っている。佐久間たちは君野梨歩と関わりのない人間だった。そして、私は君野梨歩と関わりのある人間だ。きっと彼は、今でもその呪縛を抱えているのだろう。
「今、私たちの周りには『ミズカラ』がいるんですか」
彼はうなずく。
「うん。ざっと十四、五体はいる。でも大丈夫だよ。僕たちに手出しはしない」
「なぜ分かるんですか」
「僕がどれだけの間ここで過ごしてると思う?」
桜庭さんは肩をすぼめてみせた。殺人鬼として活動していたころと比べ、だいぶ人間味が戻っているようだ。
「僕たちはすでに『ミズカラ』だからね」
「でも襲われないとは限らない」
「そうだね。でも少なくとも、僕はここで襲われていない」
分からないことだらけだ。桜庭さんが言おうとしていることも、『ミズカラ』たちが私たちを静観している理由も。
「おっと、そうこうしているうちに時間だ」
何でもないことのように、私へ爆弾を差し出す。表示された数字からすると、もう数分でここら一帯が吹きとぶ。
「ここまでですね」
「なんで?」
「なんでって――」
「時間がないから一回だけ言うね。僕はこの爆発から君を守ることができる。そのくらいの力はまだあるからね。爆発したら、階段の十三段目、一番左の扉に入るんだ。そうすると、もとの世界に戻ることができる」
「もとの?」
「時間がないんだ。絶対に扉を間違えてはならないし、通り過ぎてもならない。あの階段を上り切った先には『ファーザー』がいる」
頭が追い付かない。桜庭さんがどうやって爆発から私を守るというのか。もとの世界に戻れるというのか。『ファーザー』とは何なのか。
「『ファーザー』は『ミズカラ』たちの親玉みたいなものだよ。もちろん、『ファーザー』をどうにかしたところで、すべての『ミズカラ』が消滅するようなご都合主義展開はないだろうが……」
爆弾の電子音は次第に間隔を狭めている。私は落ち着きなく辺りを見回した。でも、見えたのは真っ白な神殿だけだった。
「一緒に来てよ」
「無理だ」
「どうして」
「僕はもう混ざってしまっているから」
そこまでだった。桜庭さんの姿は閃光にかき消され、私は耳を覆った。
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