レンゲ
冷たい雪が溶け、あったかい春がやってきました。
雪が溶ければ、アリたちは外に出られます。
待ちに待った春です。
アリは食料を求めて外へと出ました。
眠さはすこし残っています。
ですが、女王アリのために、出ないということはできないのです。
アリは食料を求めて歩き続けました。
土のなかのこもった空気にいたアリは、外のすがすがしい空気に大きく息を吸いました。
やっぱり、心地いい。
デコボコとたくさんの障害物を乗りこえながら、アリは進みます。
そっと横のほうを見れば、恐ろしい光景が広がっています。
大きな大きな黒いものが、ずっと転がっています。あんなものに巻きこまれてしまえば、ひとたまりもないでしょう。
黒いもの以外にも、上から降ってくる大きな人間の足。あんなのが頭上から降ってきたら、もう逃げられません。
アリにとって、いつだって外は危険ととなり合わせ。
土のなかにいても、揺れによってせっかく掘った部屋が崩れたりするのですから、どんなときも気は抜けないのです。
アリは大きな障害物のない場所を歩いていました。
緑が揺れて、土のにおいが立ち込めます。
障害物だらけのあちらとくらべて、こちらは幾分にも安心できます。
アリが歩いていると、ふいに頭上から楽しそうな話し声がしてきました。
アリが見上げると、白と赤紫の色で彩られた花がゆらゆら揺れました。
「あら? アリさんじゃないですか。こんにちは」
「おや、レンゲさんたち。こんにちは」
それは、レンゲでした。
数えるのも難しいくらい、似たような頭がゆらゆら揺れます。
「今日は天気がよくていいですね」
「そうだね、食料探しに行くにはちょうどいいよ」
「アリさんも大変ですね」
「これがぼくらの仕事さ」
アリは笑顔で言いました。
「でも、きみたちに会えると『心が和らぐ』よ。あちらの忙しない障害物にあふれた場所なんかよりもずっと、ここは安全だ」
アリは今日ともに見送りあった仲間たちを思い出しました。
アリたちの日常には危険であふれています。
気をつけて、と言い合った仲間たちでも、帰ってくるのは全員ではありません。
今日だってすでに、外に出てすぐ負傷したものもいるのですから。あるいは、すでに。
アリたちにとって、無事に帰ることは当たり前ではないのです。
それでもアリはレンゲたちに笑いかけます。
「世界を彩ってくれてありがとう」
楽しそうに咲きほこるレンゲたちがいてくれるだけで、ほんのすこし『心が和らぐ』のですから。
レンゲたちは「いえいえ」と首を横に振りました。
「わたしたちもアリさんたちと変わらないですよ。時期がくれば容赦なく刈り取られてしまうのですから」
「そうなのかい?」
「ええ。でも、それまでの猶予があるだけ、わたしたちはマシなのかも知れませんね」
「……きみたちも大変だね」
「お互いさまにね」
レンゲたちが咲いているところは、人間でいう田んぼというところでした。
時期がくれば、レンゲやほかの雑草は邪魔になってしまいます。そうなれば、容赦なく土から掘り起こされてしまうのです。
そんなレンゲの事情をきいて、アリは悲しそうな顔をしました。
それでもレンゲたちはアリに笑いかけてくれました。
「ですが、来年になったらきっと、またここに咲くでしょう。きっと、負けずに咲いてくれるでしょう。それが、わたしたちではなくても。わたしたちの思いをついだレンゲたちが」
そう言うレンゲが、とても綺麗に見えました。
「そうかい。ぼくたちも負けてられないな」
「ええ、お互いに強く生きましょう」
「ああ、また明日も会えるといいね」
「また明日、会いましょう」
アリはレンゲたちと約束を交わして、食料探しへと向かいました。
アリたちにとって、明日も会うということは簡単ではありません。
そんな約束を守るため、今日もアリは危険のなかをいきます。
それでも、外は心地いい。
レンゲたちにも出会えたのですから。
明日も会うと約束したのですから。
アリは、今日もいきました。
花ことば 志夜 美咲 @kyu_eu-nk_ni
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