ツバキ


 見上げた世界が白いとき、


 張った氷で顔が出せないとき、


 そんなときをヒトは冬と言うらしい。




 そう、コイは知っていました。




 今日は氷こそ張ってはいないけれど、見上げた世界は真っ白です。


 冬になってからどのくらいが経ったでしょうか。それはわかりません。




 はやく、澄んだように青い世界が見たい。




 コイは池のすみに行こうとしました。


 そのときでした。




 ──ぽしゃんっ




 なにやら頭上が揺れました。


 コイはうえを見ました。


 真っ白な世界に、赤色が浮かんでいました。




 あれはなんだろう?




 コイはひょっこり、水面から顔を出しました。




「あ……」




 赤いひらひらのまんなかに、黄色いかたまり。


 これは、ツバキです。


 コイはあたりをみわたしました。


 池のそばに立っていたツバキと目が合いました。




「ごめんなさい、花が落ちてしまって」




 申しわけなさそうに、ツバキが枝をふるわせました。はらはらと、雪が落ちました。


 緑の葉っぱに、赤い花。よく見れば、ほかにもぷっくり丸いつぼみ。


 しかし、それを隠さんとばかりに、ぶ厚い雪に乗っかられていました。




 どおりで気づかなかったわけだ。




 コイはうれしそうに口をパクパクさせました。


 真っ白いだけだと思っていた世界に、こんなにも近くで色をつけてくれていたなんて、と。




「どうして謝るの? ぼくはありがとうって言いたいくらいだよ」


「あら? どうして?」


「こんなにも綺麗にここを彩ってくれたんだから。真っ白だった世界が色づいてうれしいんだ!」




 つもった雪が溶けそうなほどの熱量で言うコイに、ツバキがおどろいたように枝を揺らしました。


 コイはパクパクと続けます。




「とっても綺麗な色。とっても華やかで、うらやましいよ」


「うらやましい?」




 枝をかたむけるツバキに、コイはパタパタとひれを動かしてみせました。




「ぼくの色は白いんだ。冬の世界といっしょ。だから、綺麗な色でうらやましい」




 コイは胸びれ、背びれ、尾びれをパタパタさせます。


 しかし、パタパタさせればさせるほど、ツバキの枝はどんどんかたむくいっぽうです。


 かたむいて、かたむいて、また雪が落ちました。緑の葉っぱがあらわれました。




「あなたも赤色……わたしのものよりもずっと明るい赤色を、もっているでしょう?」




 ぴたり、コイは動きをとめました。




「あなたも綺麗な赤色に彩られているじゃない」




 コイは自分自身がもっている色に気づいていませんでした。


 この真っ白な世界、冬というものを何度も何度もめぐってきたというのに、ツバキに言われるまで、ずっと。




「ほんとうに?」


「ええ、とっても綺麗」




 コイは口をパクパクさせました。




 ずっと、気づかなかった。


 自分も綺麗な赤色をもっているらしい。


 自分で気づけなかった『控えめな素晴らしさ』を、だれかに言われてやっと知れた。




 コイはパタパタとひれを動かしました。




「きみがくれた花が映ってるだけじゃない?」


「ええ、あなた自身よ。わたしの赤色とあなたの赤色、寄り添っているようですごく綺麗ね」




 コイの赤色、ツバキの赤色がふんわりと、さらに色づいたようでした。


 コイは、浮かんでいるツバキのそばで、くるくるとまわりました。


 ふたつの赤色が静かに揺れて、白い世界を彩っていました。




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