ウメ


 ふるりと枝を揺らせば、さらりと雪が落ちました。

 自身の枝に小さくひらいた花を見つめ、ウメはため息をこぼしました。


 少し早かったかもしれません。


 空を見上げれば、白い雲からひらりひらりと雪が落ちてきます。

 そろそろ厳しい冬が終わる頃だと思ったのです。


 しかし、今日の朝になってみればどうでしょう。

 ぐっと冷えた気温に呼ばれたかのように雪が落ちてくるではありませんか。

 寒くても花を咲かせはするけれど、ここまで寒いと話が違ってきます。

 ウメはもう一度ため息をつきました。


 自身の花を心配そうに眺めようとして、ウメは近づいてくる子に気づきました。

 自分と一緒です。

 春がくると勘違いした子がいたらしいのです。


 その子は羽音を立てずにこちらへと向かってきます。

 静かに静かにやってきて、そっと枝にとまってホーホケキョ。ホーホケキョと鳴きました。




「おやまぁ、ウグイスさん。ちょっと早すぎやしませんか?」


「そうなんだよ、困ったもんさ」




 ウグイスがチャッチャッと笑いました。




「暖かかったから春だと思ったのに、世界はほらこのとおり。真っ白さ」


「あらあら、おっちょこちょいだこと」


「それは君とて一緒じゃないかい?」


「あらまぁ、それもそうですね」




 ウメが枝を揺らすと、ぱらぱら雪が落ちていきました。真っ白だった地面に、てんてんと穴をあけました。




 まだまだ世界は寒そうです。


 まだまだ春は遠そうです。




「ウグイスさんはどうされるのですか? また森に帰るのですか?」


「そうだね、帰ろうかな。出てきたついでに食べ物でも探してからね」


「あら、誰か待ってる子でも?」


「まあね」




 チャッチャッ、チャッチャッ。


 ウグイスがほほえみました。


 チャッチャッ、チャッチャッ。


 ウグイスのとなりで小さな花が揺れました。




「私もこの子たちが散らないように、枯れてしまわないように守らないと」


「この寒さを乗りこえなければね。お互いにがんばろう」


「そうですね、お互いに」


「また春に会おう」


「ええ、また春に。今度はその子もご一緒に」


「もちろん、そのときはね」




 ウグイスがそう言って、小さな花にかかっていた雪をそっと、くちばしではらってくれました。

 きっとウグイスはこの約束を『忠実』に守って、また春にやってきてくれることでしょう。


 ウメは嬉しそうに枝を揺らしてウグイスを見送りました。


 枝にはもう落ちる雪がありませんでした。




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