オミナエシ


 ふるふる、とオミナエシが風に揺れる。

 小さい花が飛んでしまうのではないか。

 そんな心配はつゆ知らず。

 ふるふる、とオミナエシが風に揺れる。




 少しはなれた木にとまり、キビタキはそれを見ていた。




 思い出すのは、あの春の日。


 とても綺麗な声だった。




 いまと同じこの木にとまり、キビタキはそれを聞いていた。




 彼はあのオミナエシのような、けれど、もう少し濃い黄色を身につけていた。


 そして、とても綺麗な声だった。


 初めて聞いた春のそれ。

 キビタキの心はふるふる、と

 揺れるオミナエシのようだった。




 なんども何度もここに来て、キビタキはそれを聞いていた。


 ずっと、ずっと、聞いていた。




 とても綺麗なあの声に、なんど飛び込もうと思ったか。

 けれど、それはできなくて

 彼は他のメスと飛び去った。




 たった一歩、されど一歩。

 あと少しの勇気がたりなくて。




 少しはなれたこの場所で、キビタキはそれを見ていた。




 ふるふる、とオミナエシが風に揺れる。

 ふるふる、とキビタキの心も揺れる。

 ふるふる、とキビタキの毛も揺れる。




 寒くなった。


 冬がくる。


 もう、行かなくては。




 『はかない恋』に背を向けて、キビタキはそっと、ひとり南へ飛び立った。



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