カエデ


 カマキリはうえを目指していました。

 木の幹をのぼり、もっとうえを目指します。


 懸命に、けんめいに。




 カマキリはふと下を見ました。

 自分がのぼってきた高さが見えます。


 まだです、まだ足りない。




 カマキリはうえを目指します。




「今年は高くのぼるね。雪がたくさん降りそうかい?」




 ふいに聞こえた声に、カマキリは足をとめました。


 カマキリがのぼっていたカエデの声です。


 カマキリはゆるりとうなずきました。




「ええ、今年はたくさん降りそうよ。だから高いところに卵を産まないといけないの。勝手におじゃましてごめんなさい」


「いいんだよ。私でよければ頼っておくれ。君の卵が風にさらされないようにがんばるさ」


「ありがとう、カエデさん」


「いえいえ、そんなことお安い御用さ。むしろ光栄だよ。こんな私でも大切ないのちを守る手助けができるんだからね」


「あら、こんなだなんて言わないで」


「私はまわりのカエデたちより少し背が低いんだ。だから、どうしても他の子に隠れてしまうんだ。だれにも見てもらえない、なにもできないカエデなんだよ」


「なにを言ってるの。あなただって色を変えるでしょう? あなただって『美しい変化』をしているのでしょう? 見ているわよ、きっとあなたが気づいていないだけね」


「そうだろうか?」


「そうよ。だって、ほら。私が見ているじゃない。見ていなかったら、のぼっていないわよ。低くても、けっして折れないだろうって思えるくらいしっかりしていたから、あなたのところを選んだの。あなたにはあなたの魅力があるわ。自信をもって」


「そうか、そうか。ありがとう」


「もう少しのぼってもいいかしら?」


「どうぞ、どうぞ。あ、この少しうえの……このあたりが自分でも強いと思うんだ。枝のかげにもなっているし、いいと思うよ」


「本当ね。じゃあ、そこにさせてもらうわ」




 カマキリはまたうえを目指しました。

 カエデの幹をのぼり、もっとうえを目指します。


 懸命に、けんめいに。




 カマキリはふと下を見ました。

 カエデが教えてくれた高さの場所です。


 じゅうぶん、十分でしょう。


 カマキリはカエデに卵を預けました。




 今年はいつもより安心そうです。



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