コスモス


 ぽかぽかと陽があたっていて、あたたかく、とても気持ちいい日でした。


 そんななか、ねこちゃんは走っていました。

 わくわく、わくわく。

 胸の奥を熱くさせる気持ちが、その速さをあと押ししてくれます。


 途中、ねこちゃんは足をとめました。

 目的の場所まではあとちょっと。


 ねこちゃんの目の前には、たくさんコスモスが咲いていました。

 色とりどりのコスモスがゆらゆら揺れます。

 ねこちゃんはそのなかからひとつ、赤いコスモスを手にとりました。


「わたしに力を貸してください」


 赤いコスモスを耳にさしました。

 ちょっとしたおしゃれです。

 ちょっとでも彼が振り向いてくれないかな。

 そんな『乙女の真心』です。


 ねこちゃんは再び走り出しました。

 彼のもとへはあとちょっとです。

 るんるん、るんるん。

 地面を蹴ってはずむ足取りが、その速さをあと押ししてくれます。


 緑の草がそよぐ広場。

 そこに、彼はいました。

 つやつやな黒い毛がさらさらと風になびいていました。

 ねこちゃんはコスモスの色が移ったみたいに、ほっぺたを染めました。


 彼のとなりに行く前に、走って乱れた毛並みを整えます。


 さいごにコスモスの位置を整えて、いよいよ彼のとなりへ。


 ねこちゃんはちょこん、と座りました。


 彼は一度だけ、しっぽを揺らしました。

 ねこちゃんも、しっぽを揺らしました。


 風がふたりの毛をなびかせます。

 そよそよと草たちが静かに騒ぎます。

 赤いコスモスが小さく揺れました。


「……いいじゃん、それ」


 彼がひと言だけ、言いました。

 ねこちゃんはさらにほっぺたを赤くしました。

 

 そろそろ、としっぽが動きます。


 ちょっとだけ、しっぽの先で、彼のしっぽに触れました。

 これが、ねこちゃんのせいいっぱい。

 今は、これだけ。


 赤いコスモスが力をくれました。


 乙女の愛情は彼に伝わるでしょうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る