第9話 おさななじみのきょり

「そろそろ、チーズケーキ食べようか」


桜葉の言葉で机の上のノートなどを片付けて、キッチンに向かう。




「いただきます」

「いただきます」




「おいしい」


「お口に合って、よかった」

シンプルなチーズケーキでしっとりしていて、とても美味しい。


誕生日とクリスマスくらいしか食べないから、より感じた。





チーズケーキを食べたあとも空気に変化を感じず、さすがにこれ以上はいられない、と親用に一切れもらって、家に帰った。


お返しをするためにスーパーに寄って。




ただ、帰る時は重かったもの、違和感だったものは少し軽くなった。








 朝、一番上にクッキーの入った袋を置いて、カバンのチャックを閉める。


崩れないようにカバンをあまり動かしたり、揺らしたりしないようにして桜葉の家に向かう。


昨日クッキーを作ろうとしたら、母さんは爆笑し、父さんは「作ったの食べさせて!」と騒いでいた。


その時に桜葉のことを考えていた。




出た結論は「一緒にいるのは嫌いじゃない」という分かりきったことで改めて認識したことだった。


いつも、桜葉の家に迎えに行く。

昼ご飯を屋上で食べる。

学校が終われば一緒に帰る。


これらは最初の頃は学校の先生に言われていたが、一年も経てばしなくていいと言われた。


でも、していた。


誰かと会話するわけではないし、桜葉ともしない。

けど誰かと居たかったのだと思う。


好きとかじゃなくて、安心したんだと思う。

居心地がよかったんだと思う。


たぶん。




分からないところは見て見ぬふりをして、桜葉の家の前で今日も待つ。






柚菜視点


 今日の朝もいつも通り、君島くんがいた。

でも一つ、いつも通りじゃないことがあった。


手には袋を持っていた。


「おはよう」

「これ、昨日のお礼」


変わらないままの顔と声で渡される。


「昨日はありがとう」

「親もすごい美味しかったって言ってた」


「ありがとう」


袋を渡されて、中身が分かる。


「これって、クッキー?」


「うん、家族で食べて」


「ありがとう」

「クッキー、置いてくるね」


「うん、待ってる」


 玄関にある鏡を見る。


顔は嬉しさで口角が上がっていた。

微妙な角度だから、にやけているのを抑えた感じになっている。


恥ずかしい。


大丈夫?

君島くんには見られてない?


心配をして、クッキーを冷蔵庫に入れて、君島くんのところに戻る。




 再度、玄関の鏡を見る。

感情の高まりは抑えられていた。


君島くんといて、抑えるのは結構得意になった。


でも、さすがに抑えきれず呟く。




こういうところだよ、君島くん。






「お待たせ、行こっか」

いつも通り、君島くんの隣を歩く。






 実は私ね……昨日のことがあって、気づいたんだ。



会話をすることは少なかったけど、辛かったときに何年も隣に居てくれた優しい人。


そんな人のことを嫌いになる人なんていないと思う。



わがままかもしれないけど、むしろ好きにならないでというのが無理だと思う。






 私は無理だった。

 

 君の隣にいたい。














あとがき

『おさななじみのきょり』を最後までお読み頂き本当に、本当に、ありがとうございました。

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おさななじみのきょり 743(名無しさん) @7743_nanasisan

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