4話
「父ちゃん!」
「なんでぇ、おまえは何してる?」
「そ、それは……」
叱られると首をすくめるケンタだったが、権助は「ケンタはわしの手伝いをしておる」と、ぶっきらぼうに助け舟を出してくれた。
「おまえこそ、何をしておる」
それは尋ねているのではない。嫌悪の色ありありと目に浮かべ、権助はケンタの父を厳しく叱り付けているのである。
「い、いやな……」
そこは村に名高い人格者の権助である。枯れ枝のように痩せこけて見えても、じろりとひと睨みすれば不良おやじなど紙屑のようにすくみ上がるのである。
「あ、まあ、小遣い稼ぎに、町まで遣いに行って、そのぅ、帰りだ」
「何が使いだ。誰のかいってみろ」
「庄屋の、な」
「そのような嘘すぐにばれるぞ! 小遣い稼ぎ? 大方、また博打か?」
「こ、子供の前で、そんな……」
情けない言い逃れに、権助の説教の険がいっそう強くなる。
「子供の前だからこそ、きつくいうのではないか。いつまで経ってもボンクラだから狐にも化かされるんじゃ」
「きついなあ、権助爺は」
頭をかいたひょうろく親父だったが、はてと、子供のような素っ頓狂な顔を見せる。
「はあ? 狐? なんのことだ?」
「おまえは狐に化かされていたのだ」
「えっ?!」
青い顔で懐を探った父は、ずしりと重いそれの、中身も確認して息をついた。
「……なんだ、脅かすなよ」
「わしらが来たから良かったようなものを、おまえは呑気に……」
「そんな怖い顔するなよぉ。いやいや、舌打ちもやめてくれって」
「ええいっ! 今はおまえのボンクラに説教を垂れとる暇はない! ともかく、今あったことを話せ」
「え、ここでか?」
ケンタのほうを見るも、それを遮るようにして、権助は仁王立ちである。
「ケンタが気になるか? 親の矜持で子のことを気にするなら、行いを正しくしてからにすることじゃ!」
「わ、分かった。分かったから、そう怒鳴るなぁ。説教の時間はないとかいっておいて、もう……。分かった、分かったから、またにらむぅ。確かに、町へちょっと遊びに行きました。……仕事の合間だ、いいじゃないか。まったく……。まあともかく、珍しく大勝ちでな、それで浮かれたのが悪かったんだろう、足を滑らせ、おまけにくじいて動けなくなっていたんだ」
「そこを狐に狙われたか」
「だから、狐ってなんだよ。まあ、狐みたいな、きつい目の女童(めわらわ)には助けられたが。あの子も何でか俺の浮かれを知っていて、今の権助爺みたいに叱ってきたもんだが」
そこでふと、キョロキョロと、
「そういえば見かけん子だったが、あの子、どこへ行った? あの子が爺さまたちを呼んでくれたんじゃないのか?」
「何をたわけたことを。それが狐じゃ」
「ふえ?」
「壊れたふいごのような、間の抜けた声を出すな、痴れ者が! わしらが見付けなければ、金どころか、命も取られていたところぞ」
「そ、そうか? そうなのかなあ……」
どれほどきつくいっても、糠に釘とばかり、全く手応えがない。
権助もついに、さじを投げた。
「ええい、もういいわ。わしらはあの狐を追うが、休めばさっさと山を下りろ」
「ヘイヘイ」
「博打で得た金は博打で無くすものじゃ。せめて少しは働き者の女房と、かわいい子供らに分けてやれ。もっとも、悪銭が土産一つに化けたところで罪滅ぼしにもならんだろうがな」
「ハイハイ」
反省の色のない返事に堪りかねてもう背中を見せた権助だったが、ケンタもまた父をおいて権助にこそついていく。
「暗くなるまでには帰れよ、ケンタ」
ぼそりと最後に親のプライド見せた台詞だったが、ケンタは振り向かなかった。
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