第3話 〇〇になる

「パパ~牛乳こぼした~」

「ええっああ~やったかぁ~」

「ごめんなさい・・・」

「あぁいいんだよ満樹みつき

 わざとじゃないんだから」

「うん!」


「うぇ~んうぇ~ん」

「はいはい舞輪まりんちゃん泣かないでねぇ~

 お着替えしましょうねぇ。

 満樹~早くご飯食べてよ~」

「は~い」


満樹と舞輪を

車の後部座席のチャイルドシートに座らせて

家に向かって呼びかける

「もう行きますよ~」

「は~い」

助手席に妻が座るとエンジンを掛け出発


小学教諭の妻を駅で降ろし

「行って来ま~す」

「気を付けて行ってらっしゃ~い」

の挨拶を交わし見送る

それから保育園に向かい

満樹の手を引き舞輪を抱え

保育士にバトンタッチして

勤務先へと向かう


なんの変哲もない日常の繰り返し

何ものにも代えがたい普通の日常・・・


―――――――――


そらは獣医師となり

28歳で生涯をかけて守りたいひと

鈴音りおと結婚をした

翌年に長男の満樹みつきが誕生

己の命を懸けて守るべき者が二人に増えた


24回の転生にして

蝉丸は初めて我が子を胸に抱き

やはり赤ん坊はもれなく猿だなぁ

などと考えながらも

小さな命への愛おしさに身を震わせた


その三年後に娘の舞輪まりんが生まれ

己の命を懸けて守るべき者が三人に増えた


生まれたばかりの舞輪を抱いた時

前々世の父キチェスが

フォーラを思う気持ちを理解した

が、

キチェスの様なオヤジ馬鹿には成らない事を

固く心に誓った

のだが・・・

父親が娘に甘いのは

世の常であると身をもって知る


満樹みつきの名付け親は

牛屋うしや 那央伊なおい

舞輪まりんの名付け親は

林辺はやしべルカ慧洋あきひろ


―――――――――


ラテル・ルクト・フォーラの三人は

現世にいて

それぞれが各々の道を歩んでいる


牛屋うしや 那央伊なおい

現在衆院議員として国政に携わっている

31歳で美人ニュースキャスターと結婚をし

三人の子の父

子供は三つ子で

那央伊から三つ子誕生の報告を受けた宙は

「おいおい親子で三つ子かよ~」

慧洋あきひろ

「なにかの呪いかよ~」

と元三つ子姉弟らしい反応であった


林辺はやしべルカ慧洋あきひろ

今はアメリカに渡り大学の研究室に勤務

科学者として人類に貢献すべく

日々研究に明け暮れる

未だ独身


そら那央伊なおい慧洋あきひろ

共に転生した三度目の人生で大人になり

別々の道を歩み

顔を合わせることもめっきりと減ったが

絆が薄れることも心が遠のくことも無かった


―――――――――


宙は平安時代から届いた土階つちしなの最後の手紙

《普通に生きよ普通に己のために生きるのだ》

の一文を胸に刻み生きてきた

ふつうに、ふつうに・・・


普通に生きるとは何なのか

蝉丸には全く理解できない

どう生きるのが普通なのか正解なのか・・・

なにもわからない

ただ自分の周りの縁する人達が幸福であるよう

できる限りの努力をしよう

愛する人達が

安穏に暮らすために惜しみない努力をしよう

その思いで人生を日々淡々と積み重ねる蝉丸

陰陽師の蝉丸がそらと生まれた

24回目の転生で誓ったことは

ただ一つ、

それは❝陰陽道も呪術も使わない❞ことであった


―――――――――


子供は成長し

それに伴い親は歳を取る自然の摂理

我が子は小学生になり中学生になり

高校に通い大学生になり

やがて社会人となる


息子の満樹みつきが俗に言う

中二病の真っ只中の反抗期では

宙は別段気にもせず放っていたのだが

満樹が妻の鈴音りおに対して悪態を吐いた時に

生まれて初めて息子に手を挙げた


「たとえ実の息子であっても

 僕がこの世でただ一人愛するひと

 鈴音さんを侮辱することは許さない!」


満樹は初めて父に殴られたことに驚いた

そしてそれと同時に

一人の女性を愛し抜き守り抜く父を

同じ男としてカッコイイじゃんと思った

それ以後、

満樹は両親に悪態を吐くことは二度と無かった


舞輪まりんの反抗期は高校生になってから

ある日突然やって来た

「パパと出かけるのはパスだから!」

それまではドライブも買い物も一緒だったのに

家の中では話しかけても口さえきいてくれない


目の中に入れても痛くない愛娘に冷たくされ

宙はショックで落ち込んでいる

舞輪が

「パパ~パパ~」

と笑顔で接して来るのは・・・

欲しい物がある時か小遣いをせびる時だけ


分かっている・・・

自分が娘に利用されていることは

24回の転生で唯一女に生まれた前々世で

自分が父キチェスに使っていた手である

重々承知していながらも

愛娘が笑顔で甘えてくれるのが嬉しくて

ついつい言いなりになってしまう

完全なるオヤジ馬鹿である


―――――――――


満樹みつき、大学4年生

舞輪まりん、大学1年生

突然職場に警察から宙に電話がかかった

満樹がバイクで事故を起こし

病院へ救急搬送されたと・・・


急ぎ病院へ駆けつけたそらは訳も分からず

手術室前の家族控室に案内された

中には鈴音りおと舞輪がいた

舞輪は泣きじゃくり

鈴音は顔を強張こわばらせ震えている


満樹は死ぬのか⁈私の息子は死ぬのか⁈

最悪な結末が宙の頭によぎる


❝ヒーサコ❞が有れば傷が塞げるじゃないか!

いや地球には無いんだった・・・

そうだ、

満樹が死ぬ時に私も一緒に死んで

共に転生すれば・・・

いや転生してどうするんだ

残された鈴音さんと舞輪はどうなる

呪術だ私が呪術で満樹の手当を

あぁーそんな呪術は修行してないじゃないか

頭が混乱する宙


満樹が誕生してから今日までの思い出がよみがえ

小さな手、小さな欠伸あくび

連日の夜泣き、初めての寝返り

初めての三輪車、

初めての補助なし自転車の練習

初めて友達と喧嘩して泣きながら帰宅した姿

どれも愛おしい記憶・・・


息子を死なせたく無い

我が子を失いたくない

今迄に味わった事の無い恐怖に襲われ

足ががくがくと震える


満樹を助けるためなら

代わりに私が死んでもいい

私が代わりに死ぬ、だから死ぬな満樹!


宙は心の中でそう叫びハッとした


私は今迄の転生

でこんなにも親に辛い思いをさせたのか

子を失うのはこんなにも怖いことなのか

こんなにも身を引き裂かれるような思いなのか

私のせいだ

私が転生のたびに親不孝を重ねてきたから

だから罰が当たったんだ!


満樹みつきにもしもの事があったらどうしよう」

鈴音りおこらえていた感情を

抑えきれずに口に出し

体を震わせながら泣き出した


そら

「ごめん鈴音さん、

 家族を守れなくて息子を守れなくて

 みんな僕が悪いんだ」

と言いながら震える鈴音を抱きしめる

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

と舞輪も大泣き出した

自分の辛さを隠し

愛する妻と娘を抱きしめるそら


コンコンと家族控室のドアがノックされ

医師と看護師が入ってきた


「満樹は!息子は大丈夫なんですか⁈」

宙が勢いよく椅子から立ち上がり早口で尋ねた


「お父さん落ち着いてください

 息子さんはお若いですから三週間もすれば

 歩けるようになりますよ」

「えっ?・・・」


「大腿骨の骨折箇所をでボルト固定しましたが

 三週間もすれば退院できますよ」

「えっじゃぁ息子は死なないんですか?」


「えぇ手術前に検査しましたが

 他に悪い箇所は無いです」


宙と鈴音は一気に緊張が解け

椅子にへなへなと崩れ落ち

舞輪まりん

「なんでお兄ちゃん死なないのよ⁉」

となぜだか怒り出す


病室に見舞いに行くと

満樹はのん気にベッドの上でスマホを触っている


宙は満樹に駆け寄りいきなり頭を叩いた


「いってぇなんだよ親父おやじ!」

「お前はー!鈴音さんと舞輪を泣かせやがって

 どれだけ家族が心配したと思ってるんだ!」


そう言ってから

宙は満樹を固く抱きしめ

「お前は大事な息子だ、

 だから絶対に親より先に死ぬな!

 舞輪まりんもだ、

 頼むから先にかないでくれ・・・」

と涙をこぼした


―――――――――


都良瀬つらせの父と母が相次いで亡くなった

両親ともに享年82歳であった

宙は転生人生で初めて親を見送ったのである

両親には

生み育ててくれたことへの感謝しかなかった

自分も人の親となり、

子を育てることがいかに大変なことかを

身をもって知り

言い表ぬほどに深く両親へ感謝をし見送った


―――――――――


満樹と舞輪まりんは社会人になった

そらの願いは息子と娘が平穏に暮らすこと

いつまでも家族仲良く暮らすこと


だがしかし・・・

青天の霹靂が突然、宙に襲い掛かる


休日

部屋でくつろいでいたら

鈴音にリビングへ呼ばれた

リビングに行くと舞輪の隣に

見知らぬ若い男が座っている


「初めまして舞輪さんとお付き合いしている

  土門つちかど 典人のりとです」


どこから見ても礼儀正しく

清々すがすがしい青年である


「おっおっお付き合いだぁ~⁈

 舞輪にそんな相手がいるなんて

 聞いてないぞ!」 


宙は同意を得ようと隣りに座る鈴音に目をやるが

鈴音りおは慌ても驚きもしていない

その様子で宙は悟った

知らなかったのは

知らされてないのは自分だけである事を


典人は宙の反応にはお構いなしに話し出す

「今日は舞輪さんと一緒に住むので

 ご挨拶に伺いました」


鈴音も舞輪も涼しい顔をしている

嫌な汗をかいているのはそらただ一人である


「なんなんだ君は、

 いきなり他人の家に上がり込み

 人様の娘と一緒に暮らすだとぉ

 ふざけてるのか」

と言いながら宙はアワアワしている


「あら宙さん今どき同棲なんて普通でしょ」

鈴音りおの言葉にウッとなる宙


「パパひどい

 典人がちゃんと挨拶に来てくれたのにっ」

舞輪まりんの言葉にウ~となる宙


「散歩だ、散歩に行かないと」

「えぇっ⁈」

「はぁっ⁈」


「ディーゴ、ディーゴおいで散歩だよ!」

「ワンワン」

宙は呆れる鈴音と舞輪を無視して

飼い犬のディーゴにリードを付け

さっさと外へ避難する宙


いつもの散歩コースの土手まで来ると

宙は愛犬ディーゴと草の上に座り

川の流れを眺めた


こんな時に慰めてくれるのは・・・

スマホを取り出しグループラインにLINEする

グループネームは・・・

❝ゴコーゼッシュ❞

             

          そら

          [一大事だ!]


慧洋あきひろ

[どうした?]

那央伊なおい

[何があったの?]

           

          宙 

          [ショックだ

           舞輪が同棲すると

           相手の男を

           連れて来た(涙)]


慧洋あきひろ

[おお舞輪まりんもそんな歳か良かったな]

那央伊なおい

[ルクト、ちっとも良くないよ

 娘が取られるんだよ!]

            

            宙 

          [そうだ!良くない!

           ルクトは

           息子しかいないから

           そんな事が言えるんだ!

           (怒)]


那央伊

[フォーラの言う通り!

 僕なんて三つ子の三人娘達が

 嫁に行くと考えただけで力が抜けるよ(泣)]

慧洋

[俺だって娘がいた]

            

          宙  

          [前々々々世の話でしょ]


慧洋

[娘を今でも忘れられない

 戦争さえなければ死ななかった

 花嫁姿を見たかった・・・]

             

            宙

           [ごめんルクト(謝)]


慧洋

[だいたいだなぁラテルもフォーラも

 人様の娘を奪って嫁にしたんだから

 自分も娘を取られる覚悟をしろ!]

那央伊

[うっ、ぐうの音も出ません]

             

            宙

           [同じくです・・・]


慧洋

[同棲を反対すると

 また舞輪が口きいてくれなくなるぞ]

             

            宙

           [それは困る~(悲)]


慧洋

[なら懐の深いとこを見せろ

 舞輪に尊敬されるぞ]

             

             宙

           [なるほど!

            さすがオジさん

            頼りになります]   


那央伊

[ほんと昔からルクトは

 人生の先輩として頼りになってた]

慧洋

[おいおいおい!お前たち58歳だろうが!]

              

           宙

            [あっ!そうだ]


那央伊なおい

[確かに⁉いつの間にか

 ルクトの中身年齢を超えてる!]

慧洋あきひろ

[皆すっかり中年オヤジだなっ

 ガッハッハッ(笑)

 長生きしないとな我が家の息子達は

 まだ小学生だからなぁ]

             

            そら

           [ルクトは結婚が

            遅かったからな

            まだ手が掛かる歳で

            大変だなぁ]


那央伊

[20歳も若い奥さん迎えて・・・

 全然羨ましくないからねっ!(汗)]

慧洋

うらやましがれ羨ましがれ

 ガッハッハッ(爆笑)]

那央伊

[フォーラ気落ちしないで

 明るく送り出そう]

慧洋

[そうだ、誰と一緒に暮らそうが

 舞輪の帰る場所はフォーラのもとなんだからな]

             

            宙

           [そうだよな

            舞輪の帰る場所は

            私のところだ!

            なんか元気になったよ

            ありがとう

            ラテル、ルクト]


慧洋あきひろ       

[いつでも遠慮するなよ

 俺達は仲間だろうが]

那央伊なおい

[そうだ僕達は二回も生死を共にした

 仲間なんだから遠慮は無しだ!]


LINEを終了した宙は

「さぁ帰ろうかディーゴ」

「ワン」

「今日の空はあの日と同じ色だなぁ・・・」

「クゥ~ン」


いつの間にか中年になった転生者の三人は

それぞれが、

それぞれの人生を確かな足取りで生きている


―――――――――


「ただいま」

「お帰りなさいそらさん、

 舞輪まりん典人のりとさんと

 出かけましたよ」

「そうか・・・」


「サンドイッチ作りましたよ

 宙さんの好きなチキンサンド」

「うん、ありがとう鈴音りおさん」


「ねぇなんで舞輪が典人さんを好きになったか

 わかる?」


そんな事は知りたくもないと宙は思う


「典人さんが、どこか宙さんに似てるからって

 舞輪が言ってるのよ」


どこがだ!

不貞腐ふてくされれる宙


「優しくて困っている人に手を差し伸べて

 素直で裏表がなくて

 どこか子供みたいで正義感が強くて

 悪い事は許さない」


宙は黙ってサンドイッチを食べている


舞輪まりんは子供の頃パパのお嫁さんになるって」


ああ、あの頃は幸せだったなぁ

今は地獄だと落ち込む宙


「だから舞輪は

 パパに似た典人さんを好きになったのよ

 だって今でも宙さんは

 舞輪の自慢のパパなんだからっ」

「そっそうなのかぁ・・・

 舞輪の自慢のパパ・・・」


「舞輪が宙さんに似た典人さんを好きになるのは

 仕方ないわ

 だって宙さんを世界で一番愛している

 私の娘なんだから」

鈴音りおさん・・・」


宙の目に涙が潤む

母と娘のタッグに勝るもの無しである。



 








 

 

















 



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る