第2話 どこにいたんだよ!

そらは国立大学の農学部に合格した

建前は❝獣医師になりたい❞であるが

どうせ17歳で死ぬんだから

余生は

動物の飼育観察でもして過ごそうと決めたのだ


入学式が終わるとサークルの勧誘が始まった

宙はサークルに入るつもりは無い

群がる勧誘の上級生たちを

愛想笑いですり抜ける


「君も新入生?」

と声をかけられ

愛想笑いで逃げようとしたら


「俺達も新入生なんだ」

あぁそうなのか、と顔を向けたら

初めて会う二人は

ニヤニヤしながらそらを見ている

初対面の他人から

そんな態度を取られて良い気はしない

無視して歩き出すと

初対面二人組は宙の前に回り込み

行く手をはばんだ

二人組の間をすり抜けると

今度は後ろを付いて来る


そらは腹を立てながら考えた

今までは両親に心配を掛けない様にと

おとなしく生きてきたが

どうせもうすぐ死ぬんだから

こいつらを

少々痛め付けても問題無いだろう

そして人気ひとけの無い場所まで来ると振り返り

二人組に向かい

「さっきから僕に付きまとって

 何か用ですか⁈」

すごんでみせた


二人組は互いに顔を見合わせキョトンとし

一人が口を開いた


「僕達のこと忘れたの?」


もう一人も口を開いた


「お前、本当に分からないのか?」


こいつらは新入生を狙う詐欺師だ

と思った宙は語気を強め

「君たちとは初めて会っただろ!

 これ以上付きまとうなら

 痛い目にわせるよ!」


すると二人組が逆に怒り出した


「何で分からないの⁉」

「そうだ俺達は直ぐに分かったのに!」


「フォーラ!」「翔琉!」

と同時に口にする二人組


そして

「そこは違うでしょ」

「いや違わないだろ」

と何やら揉めながら話し合っている


そらは聞き覚えのある呼び名に驚き

「君たちは何者なの⁈」

と尋ねる


『蝉丸!』


「えっ⁉まさか・・・」

「僕だよラテルだよ」

「ルクトだ」

「えぇーーー!生きてきたの⁈

 じゃなくて転生してたの⁈」


『してた』


「どうして?

 あの時二人は

 私の体に触れて無かったじゃない⁈

 だから私一人で転生したと思ってたのに」

「そうなんだけどね」

「俺が考えるに、

 あの平安時代から届いた巻物が原因だ」


「どういう事?」

「あの日、事故に遭った時に

 俺達は三人で巻物に触れていた

 ようするに三人は繋がっていたって事だ」


「そうか、そういう事か」

と言いながらそらは急に暗い顔になり


「ごめん・・・皆もうすぐ死んじゃうね」

うつむいた


「何を言ってる、死なないだろう」

「そうだよね、死なないよね」


「いや死ぬでしょ!」

「よーく思い出してみろ、

 お前あの時に土階様が教えてくれた

 正しい転生の呪文を唱えたんだろ?

 だから俺達は

 15歳で死なずに18歳になったんだろが」


そう言われてそらは必死に記憶をたどる


「ああー!そうだ!

 土階様が書いてくれた呪文を唱えた!

 でもなんで二人はわかったの?」

「15歳で死ななかったからね

 蝉丸が失敗じゃ無い方の

 呪文を唱えたって直ぐにわかったよ」

「俺もラテルと同じだ、

 失敗じゃ無いと分かった」


「と言うことは・・・

 このまま大人になって・・・

 オジさんになって・・・

 お爺さんになる?」

「そうだね」

「そうだろ」


「ウォーー!」

と叫びながら宙が頭を抱え

芝生の上を転げまわる


「そういえば

 合格祝いと誕生日祝いを同時にしたから

 18歳になったの忘れてたー!」

「それは・・・」

「間抜け過ぎだろ!」


「ああーなんてこったぁー!

 17歳で死ぬと思ってたから

 適当に

 なりたくもない獣医師になりたいとか言って

 農学部に入っちゃったよー!」


「プップップップ相変わらずだねぇ」

「ガッハッハッハッ

 相変わらず猿並みのバカだなぁ」

「猿並みとはなんだ!」


「あっフォーラそんなに首を絞めたら

 ルクトが死んじゃうよ手を放して」

「止めるなラテル!

 いつかは殺そうと思ってたんだから」


慌てて宙を押さえ

ルクトの首を絞める手をはずすラテル


顔を赤くしながら

「ゲホゲホゲホッ」

咳き込むルクト


「今まで何処にいたんだよ?

 なんで早く現れてくれなかったんだよ

 イクス星から私のために

 地球へ共に転生してくれた二人を

 自分の失敗で無駄死にさせてしまったと

 将来の夢と目標を持っていた二人を

 死なせてしまったと

 ずっと一人で申し訳ない事をしたと

 懺悔ざんげしていたんだぞ!」


そらは今まで胸の底に押さえ込んでいた

二人への懺悔と孤独感が溢れ出し

目からポロポロと涙をこぼした


「今まで、今まで何処にいたんだよ!!」


喉が枯れるほど宙は大声で叫んだ


「すまなかった、

 俺は生まれてからずっと海外にいたんだ

 イタリア・中国・ブラジル

 ・メキシコ・フランス。

 日本に来れば二人に会えると思い

 家族から離れて

 一人で日本に戻ったんだ」


「僕は父親の立場上、地元を離れられなくて

 大学は東京の許可が出て上京できたんだ」


ラテルとルクトは

フォーラが一人で抱えていた思いを知り

自分達の方が切なくなってしまった


「それで、現世の名前は?

 どこの誰に生まれたの?

 私は都良瀬つらせ そら 両親は会社員」

「俺の名前は林辺はやしべ ルカ 慧洋あきひろ

 父親が外資系のITエンジニアで

 海外赴任ばかりなんだ」

「僕は牛屋うしや 那央伊なおい 父は国会議員」


「えぇちょっと待って!

 ツッコミどころ満載なんだけど

 ルカってなに?

 エリーネの次はルカかよ!笑える~」

「うるさい仕方ないだろ親が付けたんだから

 生まれがイタリアだから

 イタリアのオーソドックスな

 ミドルネームなんだよ!」


「ラテルは国会議員の息子ってなんだよ!

 元々々王子様は現世でも上流階級かよ~!」

「おいフォーラ、

 牛屋といえば法務副大臣だぞ」

「えっ副大臣⁈」

「あぁまぁそうなんだ・・・」


「あっ!あっ!あー!」

「なに⁈」

「どうした⁈」


「全員男だ!

 初めて全員が魂と肉体の性別が一致した」

「あぁそうだね」

「そうだな、転生が失敗でない証拠だろ」


それからそらが静かに言う

「やっと会えた・・・」


那央伊が微笑みながら

「うん、やっと会えたね」


慧洋あきひろが二人を包み込むように

「おお、やっと会えたな」


そして拳を合わせる

何度転生しようとも変わらない三人の儀式


それから

宙と那央伊と慧洋は芝生の上に座り

日が暮れるまで

離れていた時間を埋めるように

夢中で話し込んだ

元姉弟であり同志であり

死を共にし

そして転生を共にした

唯一無二の仲間の再会


牛屋うしや 那央伊なおい 転生三回目

(ニナオイスⅢ世 

 ラテル・ゴコーゼッシュ 伍香沙紀)

は将来父の跡を継ぐため

政治経済学部に入った

今は通学のため議員宿舎で父と二人暮らし


林辺はやしべルカ慧洋あきひろ 転生三回目

(林部勇 

 ルクト・ゴコーゼッシュ 畝田うねたエリーネ瞳)

は理学部

目指すは科学者となりノーベル賞受賞である

家族は海外なので

都内のマンションに一人暮らし


―――――――――


そら那央伊なおい慧洋あきひろ

現世では各々進む道は違ったが

許される限り共に過ごした

まるで三つ子だった頃と変わらずに


ただ大きく違うのは

これまでの人生では

命をかけて果たす使命を抱えていたが

今回の人生には果たすべき使命が無い事だ


そのことに一番戸惑っているのは宙である

15歳の少年が民を救うため遥か平安時代から

朱鷺門領詮ときかどりょうせんを封印する

転生旅を繰り返してきたのに

いま初めて己のほっするままに生きる人生を歩む


「あぁー私はこれからどうしたらいいんだ」

「どうするって獣医師になるんでしょ」

「今更なにを迷う」


「それからどうしたらいいの⁈」

「立派な獣医師を目指すんでしょ」

「そうだな立派な獣医師だな」


「その後は?

 いや、そもそも普通に生きるって何?」

「普通は普通でしょ」

「普通に働いて普通に生きる」


「あぁ慧洋あきひろの言ってることオジさん臭い~」

「なんだとー!」

「ほら二人とも喧嘩しない!

 そらは恋もしなくちゃね」


「はぁ~恋~⁈」

「そうだよ素敵な恋をして結婚するんだよ」

「そうだな宙も所帯を持てば

 バカが治るかも知れんぞ」


「バカって言ったな!私をバカと!」

「ああ~もう二人とも小学生じゃ無いんだから

 キャンパス内で小競合こぜりあいしない!」


三人で揉めながら歩いていたら

誰かにぶつかった


「きゃっ」

と声を立てながら

一人の女子が転んでしまった


「ごめんなさい、大丈夫ですか」

と声をかけながら

那央伊なおいが手を貸し起こし

慧洋あきひろは彼女の荷物を拾い渡しながら

「すまない、怪我はないかな?」


その女子は荷物を受け取りながら

「えぇ大丈夫です」

とだけ言って立ち去った


宙は微動だにせずに呆然とし

那央伊なおい慧洋あきひろ

話しかけても反応しない


『蝉丸!』

と二人から同時に背中を叩かれ我に返るそら


「私バイトの時間だから行くね」

「行ってらっしゃい」

「頑張れよ」

の言葉にも反応せず

そらフラフラと力無く歩きっていった


「おい見たか⁉びっくりしたな」

「見た!びっくりしたよ」


「似てるなあ」

「似てるなんてもんじゃ無いよ生き写しだよ」


三人がぶつかった女子は

顔も声も仕草も

イクス星での蝉丸の初恋の人

❝ゼネッス❞瓜二つである


「宙、顔を真っ赤にしていたね」

「おぉ呼吸も忘れて

 呆然としながら耳まで赤くしてたな」


「思い出すね、

 開戦前夜にゼネッスを救うために

 フォーラが言い出して

 三人でシュングス伯爵家に行ったこと」

「覚える覚えてる、

 危うくフォーラが殺されかけて

 オスタに助けられてたな」


那央伊なおい慧洋あきひろは顔を見合わせる

「どうする?」

「どうするって、やるしかないだろ」


「だよね」

「俺たちが一肌脱がずにどうするよ」


それから10日ほど経ったある日

三人はいつも通り揃って学食で昼食を共にした


そらの向かいに

那央伊なおい慧洋あきひろが座っている


那央伊がレポート用紙を出し読み出した

宙は野菜炒め定食を食べながら聞いている


「名前は篠島ささじま鈴音りお 

 初等教育学科2年生

 出身は東京 

 誕生日は6月24日蟹座 血液型はO型

 趣味は映画鑑賞と油絵 好きな色は紫と紅

 好きな花は彼岸花 

 スイーツが好きで友人とよく食べに行く

 テニスサークルに所属 そして彼氏無し」


「なぅぁ一体さぅわっきぅかぁら

 何をん言ってぅんぅだぁ?」

口いっぱいにご飯を詰め込みながら

宙が不思議そうに那央伊なおいを見た


慧洋あきひろ

「お前のために

 那央伊が調べてくれたんだろうが!」

と怒るので

宙は更に不思議そうな顔になり

「だから誰の事を調べて何が私のためなんだ⁈」


「この前の女性だよ!」

「はぁ?」

「ゼネッスだよ!」


宙は勢いよく立ち上がり

「あの人はゼネッスじゃ無い!

 あの人にもゼネッスにも失礼だ!」

周りの学生たちが驚くほど大声を上げた


那央伊なおい慧洋あきひろは顔を見合わせうなずいた

前々世では

三つ子として

生まれてから死ぬまでを共に過ごし

前世では親友として死を共にした仲である

宙がどう反応するかなど

手に取るように分かっている


だから慌てることなく二人で打合せた通りに

慧洋が諭すように話し出す

こんな時は外見18歳

しかし中身は57歳の

慧洋あきひろの人生経験がものを言う


「確かに篠島ささじま 鈴音りおさんは

 ゼネッスでは無い

 しかしこの宇宙には輪廻転生が有る

 篠島鈴音さんはゼネッスが

 輪廻転生した人物かも知れない」


「そりゃぁ輪廻転生はあるけれど・・・

 でもゼネッスじゃ無い、

 私の愛しの君じゃ無い」


「でも宙は篠島鈴音さんに

 恋をしたんじゃないのか?」

「しない!私はそんな不埒ふらち者では無い!」


ここで恋多き元々々王子 

那央伊なおいの出番


「恋をすることは不埒じゃ無いよ

 恋ができないなんて心が狭い

 自己中な人間だよ」

「うぅ・・・」

言葉に詰まる宙


そらは一目見て

 篠島さんに恋をしたんでしょ

 それは、

 満開の花畑の真ん中に立つのと同じほどに

 素敵なことなんだよ」

「宇宙で一番付き合いの長い俺たちには

 噓は通用しないぞ

 お前には恋心を

 素直に大切にして欲しいんだ」

「でも振られたら?」


「その時は一晩中、

 那央伊なおいと俺がなぐさめてやるさぁ」

「そうそう僕達がいるじゃない」

「でもどうやって篠島さんと親しくなればぁ」


「それなら任せろ、

 テニスサークルの入部届をもらってきた」

「三人でテニスサークルに入部するよ」

「えっ、えぇ~⁉」


―――――――――


くして

そら那央伊なおい慧洋あきひろの三人は

揃ってテニスサークルに入部した


サークル初参加の日

運よく篠島ささじま鈴音りおと一緒になった


「こんにちは、先日は失礼しました」

「はあぁ・・・?」

「ほら、ぶつかって転ばせてしまった」

「ああ、あの時の」

こんな時は恋多き元々々王子、那央伊の出番

ためらいなく饒舌じょうぜつに会話を弾ませる


「僕は牛屋うしや 那央伊なおい

 こっちは林辺はやしべルカ慧洋あきひろ

 そしてこいつは都良瀬つらせ そらです」


二人の後ろに隠れている宙を前へ押し出す慧洋


「はっ初めまして!

 じゃ無いよなぁ、この前ぶっかったから

 ・・・おっお久しぶりです!」

「クスックスッ」

鈴音りおは笑い

都良瀬つらせくんって面白いのね」


その時、宙と鈴音の目が合い

互いに言い知れぬ懐かしさと

何故かしら不思議と

やっと逢えた喜びと安堵を感じた・・・


縁とは不思議なものである

出逢いは偶然であり必然なのだと人は言う


この二人の出逢いは

遥か遠い星から

赤い糸を巻き付けて辿たどり着いた

出逢うべきにして出逢った

魂と魂が互いを探し求めた出逢いなのだろうか。


初めて合わせた視線から

恋ではなく

深い愛を予感し戸惑うそら鈴音りお


二人は互いの距離を

ゆっくりと丁寧に縮めていった


自らの命をかえりみずに

千年の旅を続けた蝉丸は

初めて鈴音の手を握った時から

普通に❝生きる❞と言う事の意味を考え始め


初めて鈴音と口づけした時から

普通に❝生き抜く❞事の大切さを知り始め

❝生き抜く❞事の難しさを知り始めるのだった。


【君がため

 惜しかざりし命さへ

  長くもながと思ひけるかな】

(命は惜しくないと思っていたけれど

   今はあなたと

 一日でも長く一緒にいたいと思う

             歌人・藤原義孝)








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る