第3章 第1話 孤独と深謝

その子は目覚めると自分の手をかざし

まじまじと見つめた


ベッドから降りると

恐々とドアノブに手を伸ばし

ドアを少し開いた隙間から

部屋の外をうかが


ドカドカと

せわしない誰かの足音が近づいてくる

その足音は部屋の前で止まった


「おはよう、お寝坊さん。

 お兄ちゃん学校に行ってくるけど

 帰って来たら遊んであげるからね」

そう言い少年は頭を撫できた

それからランドセルを背負い

元気に大きな声で

「行って来まーす!」

それに答えるように家の奥から声がする

「行ってらっしゃい、気を付けるのよ」

「はーい!」


今度は歩幅の狭い足音が近づいてくる

「おはよう、

 早くお着換えして歯磨きしましょうね

 ご飯を食べて急いで保育園よ」


あぁ、さっき奥から聞こえた声の主だな

この人が母親なんだろうかぁ

そんな事を考えながら

相手の顔をジッと見つめていると

その女性が着換えを手伝おうとする

その子は女性の手から服を取り

自分で着換え始めた


「うわぁ偉~い、

 もう一人でお着換えできるんだぁ」


その子は無言で首を縦に振った


「偉いぞぉそらくん」

そう言って抱きしめてきた


あぁこの優しいぬくもり

間違い無いこの人は自分の母なのだと

その子は確信する

そして自分の名前が

❝ソラ❞である事を知った。


その夜は宙の3歳の誕生を

両親と兄の家族水入らずで祝った


バースデーケーキの蠟燭ろうそくの火を

吹き消した時

宙は何か

❝大切なもの❞を忘れている事に気付く

だがその

❝大切なもの❞が何なのかは思い出せずにいた。


思い出せなかった❝大切なもの❞の記憶は

日を追うごとに少しずつ

靄が晴れるように鮮明によみがえ

それは自分にとって

唯一無二の❝大切なもの❞である事を思い出す

その❝大切なもの❞がどうなったのかを

確かめずにはいられなかった


そら

母が自宅勤務で使っているパソコンに

手を触れ検索した

あの日のことを・・・

あの日の結末を・・・


パソコンの画面に姿を現した

あの日の出来事

【東京都深川区でトラック事故】

の見出し


【居眠り運転で電柱にぶつかったトラックが

 そのまま歩道に突っ込み3名が死亡 

 亡くなったのは同じ中学校へ通う

 畝田うねたエリーネ瞳さん(15)

 伍香ごこう沙紀さん(15)

 指月しずき翔琉かけるさん(15)

 なおトラック運転手に怪我はなかった】


そら

「ああ・・・」

その後の言葉を失った

まるで胸の中を

冷たい鉄製の手でえぐり取られた感覚

❝大切な者❞達はどうなったのか・・・

そして言い知れぬ孤独が襲い掛かる


孤独と

はこんなにも苦しく怖いものなのだと思い知る


「あっ宙ダメだろパソコンに悪戯したら

 母さんに怒られるぞ

 お兄ちゃんが遊んであげるから

 さぁ、あっちに行こう」


こう何してるの~?」

母の声がした

6歳上のこうそらのことを可愛がる

優しい兄であった


「何でもないよー!ほら宙、逃げるぞー」

空は宙を抱きかかえ子供部屋へと走り出す

部屋に入ると宙はそのままベッドに潜り込み

固く瞼を閉じた・・・。


その日を境に宙は

❝笑わない無口な子❞へと変わった

その反面

❝何でも出来る聞き分けの良い子❞

周囲からは異質な子供と認識され

心配した両親は

宙を小児精神科に連れて行ったのだが

医師の診断は

「どこも悪くはない、至って正常ですよ

 心配はありません。

 全てそらくんの性格でしょう」

これを聞いて両親は安堵した。


その後も宙は笑わない無口な子であったが

保育園でも公園でも街中でも

困っている人がいれば

子供・大人に関係なく何も言わず手を差し伸べ

家では子供らしい我儘わがままなど

何一つ言わずに過ごした。


―――――――――


小学生になると

宙に沸々ふつふつとある思いが湧き上がる

前世の母はどうしているのだろうか?

元気なのだろうか?

そして胸がざわざわと痛いほどにうごめ


小学2年生になると胸の蠢きに耐えきれず

放課後一人で

懐かしい町を目指し電車に乗った


駅に着くと前世の我が家までの道を歩いた

横眼も振らず只管ひたすら


だが家のすぐ目の前まで来ると足が止まる

手の平に嫌な汗が滲み出る

このまま現世の家に帰ろうか

それとも前世の母に会いに行こうか

悩みながら道端に座り込み地面に目を落とす


そのまま時だけが過ぎ

日が傾きかてきた・・・

声が聞こえる聞き覚えのある声だ

宙は立ち上がり声のする方を向いた


あぁ母だ!

生きていた・・・よかった

母は誰かと話しながら歩いている

会話の相手は5、6歳の女の子

二人は手をつなぎ

時おり楽しそうに笑いながら近づいてくる

今まさに目の前を

懐かしい母の顔が通り過ぎた


そらは前世の母の背中に深々と頭を下げ

心の中で深謝しんしゃする

胸の中がずっしりと重くなり

締め付けられる感覚


ごめんなさい

辛い思いを悲しい思いをさせてしまって

親不孝をしました

本当にごめんなさい

なんの親孝行も出来ずにごめんなさい・・・


更に頭を深く下げ

口に出せない言葉を心で叫ぶ


産んでくれて有難う!

15年間育ててくれて有難う・・・

有難うございました!


遠く小さくなっていく前世の母の背中・・・


宙は母の背中が消えると真っ直ぐに前を向き

一歩ずつ大地を踏みしめ歩き始める


元気そうだった

顔色も良かった

変わらない笑顔だった

妹が生まれたのか、

そうか妹が・・・

涙をこらえながら

帰宅ラッシュの電車に吸い込まれた


―――――――――


現世の家の最寄り駅に着いた時には

辺りが暗くなっていた

街頭に照らされながら一人

家へと歩みを進めるそら


「宙ー!宙ー!」

兄のこうの声だ

空は息を切らしながら近付き

膝を曲げ宙と目線を合わせ


「どこに行ってたの

 心配して探し回ったんだよ

 そうだ母さんに知らせないと」


手に持つスマホで母に電話をするこう


「もしもし母さん、

 宙が見つかったよ!うん分かった」


空は電話をスピーカーに切り替えた


そら、怪我はしてないの?

 怖い目に合わなかった?」

「うん」


「宙、ちゃんと帰れる?」

「大丈夫だよ母さん、僕が宙を離さないから」

こうはそう言うと宙の手を強く握った


電話を切り家路を歩く二人


あぁこの子は家族思いで

優しく責任感の強い子なんだ

その思いを無下にしてはいけない

そう考えたそら

こうの手を強く握り返した


「宙どこへ行ってたんだ?」

「電車に乗った」


「電車に乗りたかったのか?」

「うん」


「馬鹿だなぁ

 お兄ちゃんに言えば一緒に乗ったのに

 もっとお兄ちゃんに甘えていいんだぞ」

そう言いながら

そらの頭をぐしゃぐしゃと撫でるこう


「ただいまー」

玄関を開けると

帰りを待っていた母が宙を抱きしめ

「よかった、よかった」

と泣きじゃくる

温かく柔らかな母の腕の中で

自分を産んでくれた人に

心配をかけた事を悔やむ宙


そこへ宙を探しに出ていた父が戻って来た

そら!」

と大声で呼びながら宙の目の前に立つ


宙は叩かれるのだと思い覚悟した

が思いに反して父は宙を抱きしめる

「ダメじゃないか、みんな心配したんだぞ」


母とは違う

がっしりと硬く力強い腕に抱きしめられながら

父の命がけで家族を守る

という意思が伝わってきた


こうからそら

一人で電車に乗った事を聞いた父は

「宙は男の子だから冒険するのはいいことだ

 でも母さんに心配をかけるのは

 二度と無しだぞ」

「うん。父さん母さんお兄ちゃん

 ごめんなさい」


いい家族ではないか

頼もしく広い心で家族を愛する父

慈愛に満ち家族を愛で包み込む母

両親の愛情を受け素直で優しい兄


宙は孤独を胸の奥深くにしまい込み

この家族を大切にしようと決めた


自分は15歳までしか生きられないのだから。


―――――――――


それからのそら

明るくよく話す子へと変わり家族は安心した


そらは勉強に励んだ

良い成績を取れば

親が喜び親孝行になると知っていたからだ

毎日母の手伝いもした

少しでも母が楽になるようにと

兄のこうとは

一緒に音楽やゲームを楽しんだ

あくまでも

弟が兄に世話になっている風を心掛けながら

兄のこうは弟が自分に甘え

頼りにするのが嬉しくてたまらない


そんな生活を日々淡々と続け

一年また一年と時は重なり静かに過ぎ

今年の2月23日

宙は15歳の誕生日を迎えた


両親からは

私立高校を卒業し国立大学に通う兄を見習い

私立の高校を勧められたが

自分は15歳で死ぬのに

無駄な金を使わせるのは忍びないと

公立の高校を受験し春からは高校生になった


自分が死んだ時のことを考え

友達は作らずに

静かに目立たない学生生活を心掛け

全ての物事を

これで最後だと全力で取り組んだ

勉強も体育祭も文化祭も部活も・・・

結果目立たないはずが

逆に目立つ存在に成ってしまった。


そして16歳の誕生日を迎えた

そらは自分が死なない事に驚いたが

❝これは17歳まで生きるパターンかも知れない

そうなれば大学受験をする事になる

両親を喜ばせる為には

兄のこうと同じく国立大学に行かねば❞

慌てて親に頼み塾に通い

只管ひたすら勉強に励んだ

だが困ったことに

どの学部の何科を受ければいいのやら

第一15歳で死ぬはずだったのに・・・

だから将来のことなど

何一つ考えたことが無いのだ


不味い、

非常に不味い!

と悩みに悩み

16歳の家族揃っての誕生会で

「僕は何学部を受験したらいいの?」

と尋ねた

家族はポカーンとしている

父が

「将来どんな仕事をしたいかで決めるだろう」


その将来が自分には無いから困っている宙


「お前は大学卒業したら何がしたいんだ?」

こうに尋ねられても答えられない


逆に尋ねる

「母さんは

 僕がどんな職業に付いたら嬉しい?」

そらがやりたい事をやれたら嬉しいよ」


自分にはやりたい事が無いから

せめて親の喜ぶ選択をしようと

尋ねたのだが

結局は何の解決にもならなかった


宙は少し後悔した

17歳まで生きると知っていたら

将来のことを考えたし

勉強も部活も頑張らなかったのにぃ!


悩み多き、

夢なき、

悲しき16歳の誕生日














































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