29 川岸――――――――――ハリガネムシ

 太陽が地平線の向こうに沈んでから、時間が経った。


 シニカスたちは黙々と川岸を歩いていた。


「今日はここまでだな」

 グレアムは言う。


「森の中で一夜を明かすか?」

 シニカスが聞く。


「そうだな。あまり奥には行かず、川岸のすぐそばで寝よう」

 キシスが警戒しながら先頭を歩く。


 森の入り口でバッグを下ろした。


「すまん、みんな。オレの見込み違いだった」

 グレアムは全員に頭を下げた。


「川岸は危険だった。明日は移動する場所を変える」

 メンバーは誰もグレアムを責めなかった。


「お前のせいじゃないさ」

 シニカスは慰める。


 全員が経験したことのない危険な旅だった。




 マンティコアに追われ川岸まで下りてきた後、シニカスはメンバーは確認した。その時は十七人だった。今は十五人。


 あの後、川岸を移動していた。


 当然、森の中より見晴らしはいい。


 どこからともなく、石が矢のように飛んできた。

 すぐに全員で身を隠したが、頭に直撃を受けた男がいた。キシスだけはすぐに応戦しようと、走りだす。石の雨はすぐに止んだ。結局、相手の姿はわからなかった。


 男の頭は割れていた。


 いつ、次の攻撃がやってくるかわからない。埋葬する暇もなく、グレアムは腕輪を外して懐に入れた。男が持っていた荷物もそのままにした。


 夕方になって、別の男が悲鳴を上げた。


 男は川に入り、倒れ込むようにして水の中に突っ込んだ。

 何人かが、慌てて引き上げようとするが、グレアムが止めて指をさす。


 ぷかぷかと仰向けで浮かぶ男の口から、何かが出てきた。


 うねうねと動く、黒くて太い縄のようなものだった。


「ロープワームだ。ああやって寄生した相手を川に導く。もう助からない」

 遺品を回収することもできず、男が流されていくのを見守った。


「食事に混じっていたのか?」

 シニカスは自分の腹をさする。


「いや、どうやって入り込むかは、まだわかっていない」

「そうか」

 言い知れぬ不安を抱えて移動を始める。


 それからも、モンスターの襲撃は続いた。幸いキシスが剣を振るうことで、ほとんどのモンスターは撃退できた。それでも、グレアムはモンスターを見る度に、驚愕していた。


「なんだ、アイツら」

 初めて見るモンスター。


 キシス以外では倒せそうにない強さ。


「ここモニアケだよな」

 シニカスは誰に聞くでもなく、つぶやいていた。




 夜の闇が深くなってきた。


 キシスが見張りを買って出る。

 自分が代わりにと言う者は一人もいなかった。


「モンスターの活動が活発になってるのか」

 身体を木に寄りかからせてシニカスは聞く。


「ああ。それに見たこともないモンスターまでいた。オレの持ってる知識では歯が立たない」

 グレアムはうつむきながら答える。


「才蔵さんは、結構すごかったんだな」

 マンティコアに襲われるまでモンスターの異常には気づかなかった。


「すまん。オレが不甲斐ないばかりに」

「そんなつもりで言ったんじゃない。自分を責めるな」

「ああ」

 グレアムの声は重かった。




 なんとか朝を迎えることができた。


 朝食を済ませて、出発することになる。


「昨日のこともある。なるべく岸から離れて、森の中を移動したほうがいいと思う。もちろん、奥までは行かず境界線を行こう」

 眠ったことでグレアムの声は多少張りが出ていた。


「ああ、そうだな」

 シニカスは答える。


 再びキシスは先頭を歩いた。


 昨日、死者が出るたび、キシスは守れなかったことをわびた。当然、咎める者はいない。


 キシスがいなければ、誰一人生きていないことは理解している。


 それでも、シニカスはキシスに対して恐怖のような感情を抱き始めていた。キシスが死者を見る目に、悲しみを一切感じない。淡々と作業をこなすようなキシスに、冷たい印象を持った。


 川が大きく曲がりくねったところでグレアムが足を止めた。


「ちょっと待ってください」

 先を行くキシスに声をかける。


 グレアムが川の方を指さした。


 全員でそちらを見ると、川岸にうつ伏せになった人間の姿があった。


「行ってみますか?」

 キシスがグレアムに聞く。


 グレアムは答えが出せずに黙り込んだ。


「オレは確認だけでもしたほうがいいと思う」

 シニカスは言う。


「そうだな」

 あたりを十分警戒して、ゆっくり進む。


 川の全体が見渡せる場所まで来ると、状況は一変した。


 破壊された木材で川は半ばせき止められていた。その中には死体が何体も引っかかっている。


「どうする?」

 シニカスはグレアムに聞いた。


「どうにもできない。それよりここは余計に危険だ。戻ろう」

 すぐに森に引き返す。


「より危険とは?」

 キシスが歩きながら聞いた。


「あまり言いたくはないですが……死体を好むモンスターもいます」


「水と食事を同時に満たす場所ということですね」

 キシスの声には、何の感情も窺えない。


 自然に歩くスピードは早くなった。


 木材でせき止められた場所から随分離れた。


「あれは、一体なんだったんだ?」

 グレアムに聞く。


「当然、上流から運ばれたってことだろう」


「イルドワースか」

「そうだ」


「一体何が起こってるんだ」

 シニカスはつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る