30 イルドワース――――――レッツ! 腸活
昼になってもコウキはトイレに張り付いていた。
トイレと言っても、木の床に空いた穴と言った感じだ。
開放感はマックスと言っていい。
ひとまず、出せるものは出したはずだった。
前かがみのままトイレの戸を閉める。
「ミーコー」
「ハスタ?」
モートたちがこちらを見て、ヒソヒソと話している。
一匹のモートが近づいてきた。
「ハスタ?」
お尻をこちらに向けると、その尻を自分で叩いた。
「ヒーパー」
「ヒーパー」
向こうにいたモートたちがクスクスと笑い始める。
「お前ら~……うっ」
コウキは再び腹を抱えてトイレに戻った。
外では変わらず笑い声が聞こえる。
「後で覚えてろっ……あっ」
声は途中で寸断された。意識が下半身に持っていかれる。
なんとか格闘を終え、トイレの戸を開ける。
すぐ先にはイネアとモートがいた。
モートはイネアの袖を引き背伸びをする。
イネアの耳に口を寄せ、ヒソヒソと話していた。言葉わかるのか?
ぷっとイネアが吹き出し、二人は手をつないで行ってしまった。
疎外感はマックスだ。
広場の方に向かうと、ちょうど才蔵が帰ってきたところだった。
「偵察どうだった?」
モートの村にいる間は危険は少ないだろうと、才蔵は一人で先行偵察をしに行くと言っていた。
「ああ、街の方は面白いことになっていたな」
「どういうこと?」
「後のお楽しみだ。それより腹の調子はどうだ?」
「なんとかなった……かな」
「偏食するからよ」
イネアが口を出す。
確かに果物ばかり食べたのがまずかったのかもしれない。しかし、だからといって虫をむしゃむしゃ食べられるかと言うと難しい。
「以後、善処する」
「嘘ね」
あっさり見破られた。
出発の準備を始め、モートたちに別れを告げる。しかし、村を出ても何匹かのモートたちがついてきた。
「送ってくれるの?」
「イーパ」
イネアが話しかけていた。あんな優しい声をかけられた覚えがない。
「ウーパー」
別の一匹に袖を引かれる。見ると、何かを差し出していた。
「なんだこれ?」
手に取ると、片手に収まる程度の白い石だった。
「くれるのか?」
「ウーパー」
頭をこくんと縦に振る。
とりあえずバッグにしまった。
斜面を下っていくと、川に出た。森もそこで切れている。モートたちはそこで立ち止まり手を振った。
「一体何が目的だったんだ?」
「イネアの言う通り送ってくれたということだろう」
才蔵が横にいた。
「それで、ここからはどうする?」
「才蔵さんが道を確保してくれたということでしょう?」
オルダーンが言う。
「ああ、そうだ。イルドワースの街までは、すぐだ」
「では、行こう」
隊長のタリストが張り切って言う。
谷あいの川岸を進んだ。
才蔵の言うようにイルドワースまでは、すぐだった。
山を回り込んだ先に開けた土地が現れた。
そこには残骸が山と積まれていた。門だったり、城壁があったのかもしれない。
「嘘だろ」
タリストが呆然とする。
「急ぎましょう」
オルダーンが言うと、タリストを含め他のメンバーも駆け足で向かう。
先頭を歩いていた才蔵を追い越していった。
「この状況、知ってたの?」
コウキは才蔵に追いついて聞く。
「ああ。これがお楽しみだ」
「悪趣味ね」
イネアが言う。
「褒め言葉と受け取ろう」
三人でキャラバンのメンバーを追った。
タリストの話では、この場所に谷間を塞ぐ城門があったらしい。今は見る影もない。レンガや石が混じって瓦礫と化している。
その先には谷間に挟まれた平地が続いていた。川はその中央を流れている。
城門の奥には小さな村があったらしい。
きっと木造の小屋が立ち並んでいたのだろう。今は、木の板が崩れて散らばっていた。人の姿は見当たらない。
「戦争ってことはないよね?」
「モンスターの仕業でしょうね」
オルダーンが答える。かがんで地面に手をついている。うっすらと獣の足跡があった。
しばらく進むと、瓦礫の影に少年の姿があった。地面に座り込んでいる。
「どうしたんだ」
コウキは走り寄って声をかける。
少年はうつろな目で見返してきた。
「ひとりか? 両親はどうした?」
何も答えない。
「一気に聞かないで」
イネアが座り込んで少年の肩を抱く。
ぞろぞろと他のメンバーも集まってきた。
「名前は」
イネアが優しく声をかける。
「……ブレイル」
「そう……ブレイル、お父さんとお母さんは」
「……いない」
やりとりは遅い。
コウキはじれるが、タリストたちもじっと見守っている。仕方なく、待つことにした。
「ここで何があったの」
「……モンスターが来た。たてがみのある、大きな獣がいた」
思わず才蔵の方を見た。
「ああ、あいつだろう」
「それじゃ、あのとき逃したから?」
コウキは震えた。
才蔵にあの獣を殺すよう願っていたら、この被害はなかったかもしれない。
「小僧。そのたてがみの獣は、いつここに来た?」
ブレイルは才蔵の姿に警戒した。
当たり前ではあるけど。
「三日前……です」
「ちょっと、脅かしてどうするのよ」
イネアが声を荒らげた。
「ということは、ここを襲った後に、我らを襲ったということになるな」
才蔵はイネアに構うことなくコウキに言う。
才蔵なりの優しさなのかもしれないが、その優しさをブレイルにも向けてほしい。
「お前たち、キャラバンか」
ブレイルは怯えながらも尋ねた。
「ああ、そうだ」
タリストが答える。
「それなら……もう話さない」
口をきつく閉じる。
「どうして?」
イネアが聞く。
「商人は嫌いだ」
「私は商人じゃないよ? 同行しているだけ」
「商人と一緒にいる奴も嫌いだ」
その時、ブレイルの腹がぐ~っと鳴った。よほど空腹だったのだろう。
「とりあえず、食べろ。めちゃくちゃ固いけどな」
コウキはバッグから干し肉を取り出して与える。
「商人から施しは受けない」
恥ずかしさもあるのか、ブレイルは顔を背けた。
「だから、オレたちは商人じゃないって。そうだな……それなら交換条件といこうか? オレの荷物をしばらく運んでくれ。その代わりに肉をやる。これでどうだ?」
「ちょっと」
イネアが咎める。
「わかった」
ブレイルは立ち上がると干し肉を奪い取った。
ちょうど中学か高校ぐらいの年齢だろう。色々と難しいお年頃だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます