28 森の村―――――――――昆虫が世界を救う

 モートたちは短い足でテクテクと歩いた。

 歩みは遅く、コウキの足でも容易についていけた。


「奴ら勘が鋭いな」

 才蔵がポツリと言った。


「勘って?」

「モンスターと遭遇しないように、うまく避けている」


「それがわかる才蔵さんもスゴイけどね」

 モートに先導されている間、才蔵は先行偵察をしていない。


「それより、随分森の奥まで来ちゃったけど大丈夫?」

「目印はつけてある問題はない」


「さすが忍者」

 きちんと褒めておく。


「それと、方角としてはイルドワースに向かっているようであるな」


「場所知ってるの?」

「グレアムどのに聞いておいたのだ」

 どうやら才蔵がいればたどり着けそうだった。


 一匹のモートが才蔵に近づいてきた。


「フーラー」

 才蔵を見上げて声を出す。


「なんじゃ」

「フーラー」

 会話が成立しているようには思えない。それでも才蔵がモートの頭をなでると嬉しそうに目を細める。


「いいなあ」

 すこし前、コウキが触ろうとしたら手をはたかれた。


「嫌われてんじゃない」

 振り向くとイネアもモートをなでている。


「いいなあ」




 夕方になってからモートたちは足を止めた。


「イーソ」

「ベヤ」

 大きな木の前でやりとりをしている。


 すると、一匹のモートが木に足をかけた。


 よく見ると大きな木には横木が刺さっていた。木を回って確認すると階段のように徐々に上に向かっている。まるで螺旋階段のような感じだった。


 一匹また一匹と、モートはぴょんぴょんと跳ねながら階段を上っていく。


「ベヤ」

 モートが手招きをする。


「まさか上れってこと?」

「ベヤ」

 催促されているようだ。


「お先にどうぞ」

 才蔵に譲る。


「わしは階段を上る必要はない」

 ゴブリンの森で木の上を移動していたことを思い出した。


「安心しろ拙者は下で見ておる。落ちたときは拾ってやろう」


 イネアの方を見る。

「早く行きなさいよ」


「タリストさんは?」

「コウキの方が体重が軽い。先に行ってくれ」

 全員にどうぞどうぞと促される。


「仕方ねえなあ」

 強がってから横木に足をかける。

 足は震えていた。


「馬鹿じゃないの」

 冷たいイネアの声が背後でした。


 横木は普通の階段のように幅がある。

 しかし、モートが自分たちのためにつくったものであり、人間の足では少し足りない。土踏まずできちんと、とらえないと落ちてしまうかもしれない。


 ビクビクと震えながら階段を上っていく。

 身体は常に木に貼り付いていた。横木を足でとらえようと確認すると、どうしても下を見ることになる。高さはどんどん上がっていった。


「ヘスタ」

 すぐ近くでモートの声がした。


 見上げると、踊り場のような場所があった。


 木で組まれた筏のようなものが枝にくくりつけられている。


「やっとか」

 安心するものの、警戒しながら最後の階段を上る。


 木にへばりつきながら足を伸ばす。


 やっとの思いで筏に飛び乗った。コウキは腰が砕けるようになって、筏に座り込んだ。てっきり安定していると思った筏はゆらゆらと揺れる。慌てて、手をついて掴まる。


「早くしなさいよ」

 振り向くと、イネアが最後の階段で待っている。


「ヘスタ」

 今度はモートの声の方を向く。


 木の枝から筏が吊り下げられ、いくつも連なっていた。隣の木までつながってい

る。モートは一つ先の筏にいた。


「渡れってこと?」

「ヘスタ!」

 モートは急かしているようだ。


 イネアの冷たい視線も背中に感じている。


 下を見ると、キャラバンのメンバーが続々と上ってきていた。

 モートはぴょんぴょんと跳ねて、隣の木まで渡っていく。


「わかったよ」

 コウキは次の筏に足をかける。


 てすりのない吊り橋を渡っているようなものだった。ぐらぐらと揺れるたびに心臓がきゅっとなる。


「モート」

「モート」

 なんとか渡り切ったコウキを褒めたのか、歓声を上げていた。


 そこは樹上にできた小さな村だった。


 密集した太い木々の間に橋や筏が張り巡らされ、小さな小屋まで建てられている。見上げると屋根の代わりなのか、枝を骨組みにして葉っぱで覆われていた。


「すごい」

 後をついてきていたイネアも関心している。


「確かにこれなら安心して寝られるな」

 才蔵がすぐ横の木にひっついていた。


「うわっ! 相変わらず、突然現れるなあ。心臓に悪いよ」

「はは、あれだけビクビクしながら上っていて、さらに驚くか」


「笑い事じゃない」


「フーラー」

「フーラー」

 すぐにモートたちが才蔵に寄ってきた。


 どうやら、才蔵をたたえているようだった。

 モートたちも大きな獣と戦う才蔵を見ている。敬うのは当然かもしれない。


 そうこうするうちに、隊長のタリストや正論バカのオルダーンもやってきた。


 モートが才蔵の手を引き移動するので、それについていく。


 ひときわ大きな四本の木が現れた。その中央に足場が設けられ、広場のようになった場所があった。そこには、二十匹ほどのモートがたむろしている。


 才蔵はその中心に誘導され座った。まるで王様だ。


「フーラー」

「フーラー」

 周囲を囲んだモートたちが合唱を始める。


 筋肉教でも創設するつもりだろうか。


 ひとしきり拝んだ後、モートたちは才蔵の前に食事を運び始めた。


「宿の心配はなくなりましたね」

 オルダーンがタリストに話している。


「そうだな。となれば商売だ」

 手近にいたモートをつかまえる。


 身振り手振りを交えて、物々交換を要求し始めた。


「商魂たくましいな」


「ありがとうございます」

 近くにいたオルダーンが答える。


「皮肉だったんだけどな」

「承知しています」

 コイツとは仲良くなれそうにない。


 才蔵のついでという感じで、コウキたちも食事の席につくことができた。テーブルなどはなく、木の床に葉っぱの皿を置いて、あぐらをかいて囲む。


「まあ、これが主食になるよなあ」


「ブツブツ言ってないで、早く食べなさいよ」

 隣のイネアが何の抵抗もなく、そこそこ大きな虫を頬張る。


「いやあ、昆虫食という文化じゃなくてね」

 イネアは答える意思をなくしたのか、目も合わせてくれない。バリバリと虫を食べている。


 仕方なくコウキは比較的小さな虫をつまみ上げる。


 目を閉じて口の中に放り込んだ。


 確かに味はいい。

 だが、口の中で足のようなものが引っかかったり、固い殻を噛む感覚がどうにも慣れない。


「わーい。フルーツだ」

 誰に言うでもなく口に出す。


 抵抗のないものを選んで口に運んだ。


 とりあえず、腹は膨れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る