26 援軍――――――――――忍者の任務

 すっかり毛むくじゃらに囲まれてしまった。


 それは獣にとっても警戒するべき状況となったようだった。目の前にいる才蔵を警戒しつつ、周囲に視線を飛ばしている。


「我らに与すると言うことか?」

 才蔵は毛むくじゃらに話しかけている。


「フーラー」

 なぜかお辞儀のようなことをしていた。


「良かろう、ともに戦おうではないか」

 才蔵だけが楽しそうな声を上げる。


 わらわらと出てきた毛むくじゃらの代わりに、キャラバンのメンバーは木の影に隠れた。


「イーソ」

 才蔵のそばにいる毛むくじゃらが小さな手を上げた。


「イーソ」

「イーソ」

 すぐに周囲の毛むくじゃらも応える。それぞれ、手に何か持ったようだ。


「ベヤ」

 短く言うと、一斉に石のようなものを獣に投げつけた。


 ほとんどが獣に命中する。


 石のようなものは獣に当たると粉になって舞った。


 ガッガッと獣がむせるように声を出す。


 グオーと遠吠えを発すると、獣はくるっと回り尻尾を見せる。山の上に向かって走り出した。


 ズンズンという音は徐々に遠ざかっていった。


「勝ったのか?」


「モート」

 近くにいた毛むくじゃらが両手を上げて声を出した。


「モート」

「モート」

 全ての毛むくじゃらが声を上げた。どうやら勝どきのようなものかもしれない。


「よし、お前らの名前はモートってことにするからな」

 近くにいた毛むくじゃらに言う。


「ハスタ?」

 モートは首をかしげる。


「コウキ、すぐにこの場を離れるぞ」

 才蔵が近くに来た。


「え? でも、キシスさんたちが」


「それより、まずは自分の身を案ずるべきだ。いつ、次のがけ崩れが始まるかわからない」

 見ると、タリストはすでに背中を見せて、遠ざかっていた。


「イネア」

「いちいち呼ばないで」


 コウキはイネアを追うように後に続いた。


 少し離れたところでタリストは腰を下ろしていた。


「これから、どうするの?」

「そうだな」

 タリストは斜面の下を見ていた。


 キシスは無事だろうが、他のメンバーが気になる。向こうにはシニカスもグレアムもいた。


「お前はどう思うコウキ」

 タリストが意見を求めた。


「どうって、すぐにでも下りて合流した方がいいんじゃ?」


「拙者は反対だ」

 才蔵が口を出す。


「どうして? 向こうのほうが大変な目に遭っているかもしれないじゃないか」

「キシスは何があっても死なんよ」


「他のメンバーのことも心配だろ」

「コウキ。お主は自分が助かったかのように言うな?」


「どういうこと?」

「あの獣は、手負いだった。横っ腹に塞がりきっていない傷があった」


「だから?」

「アイツより強い奴がいるということさ」

 考えるだけで、ぞっとした。


「それと、自分たちのことをもっとよく見ろ」

 集まっていた人数は十人ほどだった。向こうに残ったのは二十人ぐらいだろうか。


 ふと獣に食われた一人を思い出す。

 がけ崩れに巻き込まれた者もいるかもしれない。人数は確かではない。


「こっちの方が少ないから危険ってこと?」

「拙者一人で全員を守れる保証はないのだぞ」


「それは、向こうも一緒でしょ」


「私は、先を急いだほうがいいと思います」

 キャラバンの男が意見した。


「どうして?」

「向こうに生存者がいるか、わかりません」


「お前!」

 コウキは男ににじり寄る。


「私はオルダーンと言います。次からは名前でお願いします」

 オルダーンはニコリと笑った。


「少なくとも、ここには生存者がいます。この者たちの命を守ることを優先すべきと考えます」

 途中からタリストに向かって言った。


「そうだな。一刻も早くイルドワースに戻って救出部隊を編成する方がいいか」

 タリストは考えを決めたようだった。


 まずいと思って才蔵の方を向く。


「確認だけでもしてきてくれない?」

「おいおい、勝手に話を進めるな」

 タリストが止めに入る。


「はは、拙者がいない間、生き残れる自信はあるか?」


 イネアを見た。自分すら守れないのに、イネアまで守れるとは思えない。そうなったとき、アレストに顔向けができない。


「でも、才蔵さんなら一人づつ担いで戻ることだってできるんじゃない?」

「はは、それができるなら初めからやっている。イルドワースまでピストン輸送してやることも可能だろう」


「……まあ、確かに」


「それと、そんなことは忍者の役目ではない」

「それが本音か」

 ただ、妙に納得の行く話でもあった。


 才蔵が忍者にあるまじき行為と認識するなら、それはできない。与えられた力にはそういった制限がありそうな気がした。


「わかったよ」

 コウキはうなだれた。


「どうやら、他にも理由ができたぞ」

 タリストが言う。


 顔を上げるとモートたちが木の影からこちらを見ていた。

 またしても取り囲まれていた。


「フーラー」

 一匹が才蔵に近づく。


「フーラー」

「フーラー」

 他の者も口々に言って、才蔵を崇めるような仕草をする。


「気に入られたのかもしれないな」

 タリストが才蔵に顔を向ける。


「悪い気はしないであるな」

 一匹のモートに袖を引かれた。


 そのモートは頭をくいっとひねり、手招きをする。


「彼らについていくのはどうでしょう?」

 オルダーンがタリストに言う。


「そうだな」

 顎に手をやり考えた後、タリストはニヤリと笑った。

 商人の抜け目なさが見えた気がした。


「よし、奴らについていこう」

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