25 襲撃――――――――――登山用語でトラバース

 まだ暗いうちに起こされる。


 強烈な筋肉痛を覚悟していたが、それほどではなかった。靴ずれも、歩けないほどではない。


 昨日と同じように一列になって森を進む。


 黙々と歩き、昼休憩。夜は硬い干し肉と芋。そうした生活が二日続いた。


 徐々に強行軍にも順応していった。余裕が生まれ始めた三日目、渓谷に差し掛かった。あいかわらず、深い森に囲まれている。きつい斜面を横切りながら進んだ。


 レンジャーのグレアムの話だと、山の尾根は見晴らしが良く、モンスターに見つかる可能性が高いということだった。コウキは足を滑らせながら注意して歩く。


 ふと向こう側を見ると同じように急な斜面が見える。下には川が流れているらしいが、木々に覆われ見ることはできなかった。


 突如「グオー」と山の上から遠吠えのようなものが聞こえる。


 キャラバンの全員が足を止めた。


 何かあったらじっとしていろとグレアムに言われている。今まで聞いたことのない大きな遠吠えから、コウキは大きなモンスターを想像した。見つからないでくれと心の中で願う。


 今度はドスンという地響きがする。

 その振動と音は小刻みになり徐々に近づいてきた。


「逃げろ!」

 誰かの声が響く。


 バキバキという木をなぎ倒す音が後ろから聞こえた。


 コウキが振り返ると、そこには巨大な獣がいた。


 口にはキャラバンの男をくわえていた。四足歩行でたてがみがある。ライオンのような格好ではあるが、大きさは桁違いだ。口だけでも人間の大きさはありそうだった。


「ううっ」

 牙で腹を貫かれた男がうめきながら、手足を動かす。


 獣はそれを嫌がり頭を左右に振った。


 男の手足はだらんと垂れ下がった。


 大きな口を開け、一気に男を口に含む。バリバリという音を立てながら、咀嚼を繰り返した。


「これはでかいな」

 突如視界に才蔵が現れた。


「今までどこにいたんだ」

「先行していたのだ。そう怒るな」

 あまりの恐怖にコウキの声は大きくなっていた。


 一列になって進んでいたキャラバンのメンバーは、獣によって分断されていた。キシスがいるはずの後列は獣の存在によって、後退しているように見えた。


「うむ、まずいな」

 才蔵がつぶやくと獣がいたあたりの地面が動き出す。


「走れ」

 才蔵の声を聞くまでもなく、獣に背中を向けて走り出した。


 がけ崩れが始まる。


 後ろの轟音に構うことなく走る。

 足場の悪さで速度はでないが、それでも走る。すぐ前のイネアも、必死に走っていた。


 ちらっと振り向き下を見る。


 獣が土や木に揉まれながら落ちていく姿があった。


「ここまでくれば大丈夫かな」

 ぜえぜえと息をしながらつぶやく。


 獣の姿はなく、斜面は大きくえぐれていた。後列のメンバーとは完全に寸断されてしまった。


「そっちは大丈夫かー」

 コウキが大きな声で向こう側に話しかける。


「ああ、大丈夫だ」

 グレアムの声が返ってくる。


 その時「グオー」と下から声がした。

 あの獣の遠吠えだった。


 ドスン、ドスンという地響きが下から登ってくる。


「マジかよ」

 木をなぎ倒し、再び獣が目の前に現れた。


「任せておけ」

 才蔵が獣の前に立つ。


 すると今度は山の上から、いくつもの獣の鳴き声が聞こえた。

 無数のモンスターは向こう側のメンバーに突撃していく。グレアムが斜面を下っていく姿が見えた。背中を見せて逃げるメンバーの中にはシニカスもいた。


 一人、キシスだけはときおり山の上に目を向け、剣を振るいながら下りていった。


 ガキンと大きな金属音が後ろで聞こえる。


 振り向くと大きなライオンのような獣の牙と才蔵の武器がぶつかっていた。


「コウキ、こいつをどうしようか?」

 才蔵は余裕のある声で聞いてきた。


 獣は飛び退くと距離を取った。


「どうって、殺す以外に……」

 そこでゴブリンのことが頭に浮かんだ。


 ゴブリンを全滅しようと才蔵に頼んだ。あのときの血の海を思い出した。


「才蔵さん、アイツを無力化することってできる?」


「まあ、やってみるか」

 くないを取り出す。


 以前見たものとは少し違って、尻尾の部分に護符のようなものがついていた。


 才蔵は姿を消すと、次の瞬間には獣の背後に回っていた。


 獣が気配を感じて振り向こうとするが、途中でガクンと動きが止まった。その後、ピクリとも動かなくなる。口からは唸り声を響かせていた。


「何したの?」

 すでに戻ってきた才蔵に聞く。


「影縛りだ。まあ、それほど効果があるようではないがな」

 言葉通り、獣は手足を徐々に動かし始めていた。


「それより、珍客が来たようだ」

「え?」


 見ると、あたりの木々の後ろに小さな影が潜んでいた。


「ウーパー」

「モーサ」


 それぞれ妙な声を出しながら顔を出す。

 毛むくじゃらの姿をしているが、人間のように二足歩行をしている。


「まさか、別のモンスター?」


「いや、敵意はなさそうだ」

 才蔵が落ち着いて言う。


 毛むくじゃらのモンスターは耳を立て、木の影から時折顔を出す。


 よく見ると木の上にも何匹かいる。すっかり取り囲まれているようだ。


「そちらより、コイツの方が先だぞ」

 ウッウッと獣の唸りが徐々に増していった。


 最後にウガーと大きな遠吠えをすると、頭を振って全身を動かした。


「やはり、大型のモンスターには効きにくいか」

 才蔵は落ち着いて手元のくないに目を落とす。


「いやいや、それより前! 前!」

 獣は才蔵に狙いを定めたようだった。


 一気に距離を詰める。


 ガキンとまたしても金属音がする。


「はは、獣ごときには負けんよ」

 相変わらず余裕はあるが、コウキにとっては獣の存在は恐怖でしかない。


 この獣はゴブリンとは違う。


 いくら才蔵が強いとはいえ、他のキャラバンのメンバーの命を優先した方がいいだろう。周囲を確認する。イネアはすぐ近くにいた。怯えてはいるが、目には力があった。


 隊長のタリストの姿も少し遠くに見える。


 不意に何故か袖を引かれた。

 見ると、先程の毛むくじゃらがそばにいた。


「ミーコー」

 つぶらな瞳が話しかけているような気がした。


 才蔵が言うように敵意は感じない。


 すると、毛むくじゃらはスタスタと歩きだした。獣と対峙している才蔵のすぐ後ろまで行く。


「おい、危ないぞ」


「フーラー」

 まるで才蔵を拝むような仕草をする。


「フーラー」

「フーラー」


 そこら中の木の影から毛むくじゃらが出てきた。


「どうなってんだ?」

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