24 旅路――――――――――良薬は鼻に臭し
太陽が出る前に起こされた。
辺り一帯には朝もやがかかっており、若干の寒さもある。テントを片付け、野営地を引き払った。
昨夜のうちに決められたようで、才蔵は前衛に立ち、キシスは後衛に回るということだった。「才蔵はかなり目鼻が利くらしい。偵察に向いてるってさ」とシニカスが言っていた。
二人を一緒に置いておくのはもったいないということで、自動的にキシスはしんがりを務めることになった。
「二人共、気をつけてくださいね」
キシスが通り過ぎた。
目立つ鎧を隠すため、頭からすっぽりとマントをかぶっている。
コウキとイネアはちょうど隊の中間あたりにいた。
「それじゃ、行くぞ」
先頭のグループにいる隊長のタリストが大声を出した。
一列になって森に入っていく。
直前にレンジャーのグレアムから「森に入ったら会話をするなよ」と釘を刺されていた。声に引かれてモンスターが寄ってくるらしい。大きな物音も厳禁だと注意された。
コウキは隣を見る。イネアが黙々と歩いていた。
イネアが相手では、もともと楽しい会話は望めそうになかった。
森に入ると、すぐに木々はあたりを覆った。下草は伸び放題で、ときおり足を取られる。さすがに手ぶらということは許されず、大量の荷物を背負っていた。思った以上に疲れが襲ってくる。
コウキの息はすぐに上がった。
隣のイネアも同じぐらいの荷物を背負っているのに、顔にはまだ余裕がある。
運動不足の現代人にはキツイ道のりだった。
昼休憩ということで、一箇所に固まる。
才蔵の姿は見えなかったが、キシスとは一緒になった。
皆黙々と食べる。
やたら硬い干し肉を口に含みながら、水をちょびちょびと飲む。
一日の水の量は決まっていて、がぶ飲みできるほどの量は渡されない。噛み切れないままの干し肉を口に含んだまま休憩は終わった。会話は一切なかったが、会話できるほどの体力は残っていなかった。
午後もひたすら歩く。もはや足の感覚がなくなっていた。
キャラバンに迷惑をかけるわけにはいかないし、隣のイネアに馬鹿にされるのはもっと嫌だった。体力を振り絞ってひたすら歩く。
太陽が沈み始めると、森は急速に暗くなった。
わずかな空き地を見つけると、そこで移動を止める。周囲一帯に木はあるがまばらで、上を見ると夜空が見える。月明かりで互いの顔は十分認識できた。
すぐにテントを張る準備を始める。コウキはキャラバンのメンバーが動き回る姿を少し離れたところから見ているだけだった。木に寄りかかって座ったものの、一歩も動けそうにない。
「よく頑張ったな」
シニカスが声をかけてくる。普通の音量なら話してもいいようだ。
コウキはうなだれるように、うなずくのみだった。
「やはり、疲れるものですか?」
今度はキシスがやってきた。
鎧を着て、更に荷物も背負っているのに、朝見たときと全く変わらぬ顔だった。
「めちゃくちゃ疲れたよ……そっちは剣と同じで、鎧も軽いの?」
かすかな声で聞く。
「ええ。荷物の方がはるかに重いです」
その割に余裕のある声だった。
「オレの荷物も頼める?」
「無理ですね。できるなら初めから他の荷物を持っています」
真面目すぎるキシスと話すと、どっと疲れが増した。
「だらしない」
今度はイネアにも言われた。
「まあまあ」
シニカスがなだめる。
「オレの味方はシニカスだけだよ」
「拙者もおるぞ」
気づけば、すぐとなりに才蔵がいた。
相変わらず気配が全くしない。
「そっちは何してたの? 荷物背負ってないみたいだけど」
「はは、拙者は斥候である」
やや声が大きいような気がした。
「ちょっと、あんまり大声だと」
「気にしなくていい。このあたり一帯に厄介なモンスターはいない。それと、簡単な罠も仕掛けたので、襲撃されても対応できるであろう」
どうやら、荷物免除されるだけの働きはしているようだ。羨ましい。
「お前らメシだぞ」
レンジャーのグレアムが来た。
それぞれに水と干し肉、芋が配られる。
「また、この石みたいに硬い肉?」
「食いたくなければ、オレにくれ」
グレアムはにやっと笑う。
「上げるわけないだろ。ああ、ミディアムレアの肉が食いてえなあ。食ったことないけど」
「よくわからないが、食えるときに食っとけよ」
「煮込んで柔らかくするとか駄目なの?」
「火を使うつもりか? そんなことしたら、こっちが食われちまうぞ」
「……そういう所なのね」
アルブワイル領でゴットノートに散々言われたことを思い出す。森はモンスターの領域であり、人間の居場所ではない。熊よけの鈴をつけてトレッキングという次元ではなさそうだ。
食事を終えてグレアムの所へ向かう。
「ねえグレアム。これなんだけど」
靴を脱いで足を見せる。
「こりゃひでえな」
靴ずれでかかとが真っ赤になっていた。
グレアムはバッグをあさり、小さな袋を取り出す。
「これ塗っとけ、多少はよくなるだろう」
袋を開けるとキツイ匂いのする、泥のようなものが入っていた。
「これ薬?」
「ああ、そこそこ効くぞ」
正体不明の泥をかかとに塗る。何もしないよりはマシだ。
薬を塗り終わり袋をグレアムに返す。
グレアムはなにやら作業をしていた。覗き込むとウサギのようなモンスターを押さえつけていた。
「え? 何してるの?」
「ああ、これか、途中で遭遇したモンスターだ」
ナイフで皮を剥いでいた。モンスターはすでに死んでいるらしい。
「うう、キモい」
「おいおい。これぐらいでビビってどうする。そういや、硬い肉が嫌だと言ってたな? 食うか?」
「え? 生肉って大丈夫なの?」
「まあ、新鮮なうちはな。だが、お前の腹じゃ無理だろうからやめといた方がいい」
皮をはぎ終わると、次は肉を削ぎ落とす。
「コウキは才蔵の知り合いなんだろ?」
「うん。そうだけど、それが何か?」
「アイツすげえよ」
「へ?」
「今日、モンスターにほとんど遭わなかっただろ? あれは全部才蔵のおかげだ。もしかしたら、犠牲者なしで帰れるかもしれない」
グレアムの話すところでは、才蔵が一人で先行して、モンスターと遭遇しないように誘導していたようだ。しかも、グレアムを質問攻めにして、モンスターの種類や習性、痕跡の見つけ方を学んだらしい。
「オレより立派なレンジャーになれるよ」
「でも、才蔵は忍者だから」
才蔵もきっと同じように答えただろう。
グレアムの手元には、変わり果てたモンスターがいた。肉はほとんどなくなり、白い骨が見えている。怖いのでちらちらとしか見れないが、歯や角を分離していく。
「どうして、そこまでバラバラにするの?」
「商品価値を上げるためさ」
この部隊が商人を中心としたキャラバンだということを思い出した。
「牙とかが売れるってこと?」
「ああ、殺しちまった責任だ。食える所はおいしく喰う、売れるところは高く売る」
「そっか」
ふとゴブリンのことを思い出していた。
ヘイスレン村に行ったとき、村人に騙された。才蔵にゴブリンを殺すよう願った。
あれは、ただの虐殺だった。
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