第二章 モニアケの森

23 野営地―――――――――ビリビリ苦無(くない)

 キャラバンの野営地は森の手前にあった。

 街道は細くなっていて、人通りはほとんどない。


 原っぱにはテントがいくつか張られ、三十人ほどの男たちがいる。


「シニカス! そいつらか?」

 一人の男が手を振って大声で呼びかけた。


「ああ! 安心して帰れるぞ!」

 シニカスも大声で応える。

 キシスと才蔵を高く評価していることは間違いなかった。


 声をかけてきた男はこちらに向かって歩いてくる。


「オレが隊長のタリストだ」

 コウキの手を取り、握手をした。


「よ、よろしく」

 圧に押されて半歩下がる。


 タリストはキシス、イネアと続けて握手をしていく。

 気づいたら才蔵は消えていた。さては逃げたな。


「シニカス、一人足りないようだが」


「本当だ。才蔵はどうした?」

 シニカスが聞くが、肩をすくめる以外になかった。


「まあ、いい。他の奴らにも紹介しよう」

 タリストはずんずんと進んでいく。


 テントの周囲で各々作業をしていたであろう男たちの注目が集まった。


「こいつらが、帰路に加わるメンバーだ。それぞれ自己紹介を頼む」

 タリストは、一番近くにいたコウキに目を向ける。


「コウキです。よろしく」

「イネア」

「キシスです」


 スッと気配がすると、キシスの隣には才蔵がいた。


「拙者は才蔵だ」

 男たちは突然現れた才蔵を見て、目を丸くした。


「おおー」

 自然と歓声が上がる。


「どうやったんだ?」

「オレにもできるか? 教えてくれ」

「すげえ筋肉だな」


 すぐに才蔵の周りに人だかりができた。才蔵もまんざらではなさそうだ。


「試験はパスだな」

 シニカスが隣でつぶやく。


「まあ、忍者だからねえ」

 自分でもよくわからない答えを返した。


「コウキも何かできるのか?」

 タリストが目を輝かせて聞いてくる。


「いや、オレはただの凡人。強いのはこちら」

 キシスの方へ誘導する。


「ほう。お嬢ちゃんが? どれ、オレと力比べでもするか?」

 キシスの答えは聞かず、タリストは近くにいた男に指示を出す。


 男は樽を抱えて運んで来ると、二人の前で下ろした。


「ほれ、やろうぜ」

 タリストは樽の上にひじを乗せ、腕相撲を迫った。


 なぜかキシスはコウキの方を見る。


「嫌でなければ、やってもいいんじゃないですか」

「嫌ですけど」

 キシスは冷たく言った。


「どうした。怖気づいたのか?」

「仕方ないですね」

 渋々という雰囲気を隠すことなく、キシスはタリストに対面する。


 二人はガッチリと手を組む。


 才蔵を取り囲んでいた男たちが輪になって見守った。


 審判役の男が間に立つ。


「それじゃあ、行くぞ」

 組まれた手に自分の手をかざす。


 ぱんっと二人の手をたたくと、タリストは全身に力を入れた。

 ように見えたが、キシスはびくともしない。


 タリストの腕には血管が浮き出ている。

 ぐぐっとくぐもった声が漏れた。顔も赤くなる。


 それでもキシスは涼しい顔をしていた。


「もういいですか」

 タリストに聞いている。息を止めるでもなく、普通の声だった。


「はあ、降参だ……なんて、馬鹿力だ」

 タリストは組まれた手をほどく。


「そういう力ではないのですけどね」

 キシスもやれやれと樽から離れる。


「次はオレだ」

「いや、オレの方が強い」

 今度はキシスが囲まれる番だった。


 キシスは群がる男どもを一瞥してから、コウキの方を見た。


「はいはい、皆さん。キシスさんの強さはわかったでしょ? 仕事に戻りましょうね」

 黙って見ていることもできたが、さすがに気が引ける。

 それに、ほんの少しでも恩返しをしておきたかった。


 男たちは口々に不満を言って、戻っていった。


「コウキは調整役ってことだな」

 タリストが近くにいた。


「それぐらいしかできないからね」


「無能」

 イネアの声が聞こえる。


「二人と比べたら、誰でもそうなるからね?」

 反論はむなしく響いた。イネアは顔を背ける。


「まあまあ、お前も選ばれた人間だ。きっと特別な能力があるさ」

 シニカスが肩をポンポンと叩いた。


「慰められると、余計に悲しくなるな」

 記憶はいつになったら戻るのだろう。


 先程まで賑やかにしていた男たちは、持ち場に戻って黙々と作業をしている。


「オレも何か手伝ったほうがいい?」

「いや、専門家に任せた方がいい。オレたち素人の出る幕じゃない」

 どうやら作業をしているのは商人というわけではないようだ。


 作業する男の輪に才蔵が紛れていた。くないを取り出し、木を割っている。


「何やってるの? 薪でも作ってるとか?」

「まあ、そんなところだ」


「お前、才蔵って言ったっけ? 手先も器用だし、色々できそうだな」

 男が期待に満ちた目を向けている。


「そなたの名前は?」

 才蔵が握手を求めた。


「レンジャーのグレアムだ。旅の間よろしくな」

 二人は握手をかわす。


「そういえば、そのくない触らしてもらってもいい?」

 コウキは好奇心から提案した。


「ああ、そうか……構わぬぞ」

「下に置いてね」

 キシスのときを思い出して、注意する。


 才蔵はくないを地面に置いた。

 おそるおそる、つまむ。


「いった!」

 瞬間的に手を引っ込める。

 まるで電気が走ったかのような衝撃だった。


「どうかしたのか?」

 才蔵が聞いてくる。


「いや、触った瞬間にビリっとした。やっぱりな。キシスさんの剣はめちゃくちゃ重かったから、もしかしてと思ってね」

 やはりそれぞれが持つ武器は本人にしか扱えないようだ。


「オレもさわってもいいか?」

 グレアムが興味を持った。


「気をつけてね」


「いった! 本当だ。一体どうなってるんだ?」

 グレアムも、くないを持つことができなかった。


「才蔵さんとキシスさんが持っている物は、本人にしか持てないみたいなんだよ」

 説明している間に、才蔵はくないを拾い、尻尾にある輪っかに指を通してくるくると回す。


「では、あれが刺さった相手は引き抜こうとしても、無理ということか?」

 グレアムが更に聞いてくる。


「なるほど。確かに、そうなるね」

 二人で才蔵を見る。


「仲間で良かったよ」

 コウキはつぶやいた。

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