20 スラム―――――――――限度額いっぱいまで!

 黙ってイネアを見送る。


「本当に良かったの?」

 コウキはオルサナに聞いた。


「お恥ずかしい話ではありますが。うちも余裕がないのです」

 オルサナは声を潜めて言った。要は口減らしということだろう。


「シニカスは? いいの?」

「ああ、ここにいるよりはな。そうでしょう? ゴットノートさん?」


「そうかもしれません。アレストどのの事があるので、城内で暮らせることはないでしょう。親族もこちらの方のみなら、この場所から這い出るのは難しいかと」


 あたりを見回す。簡素な建物ばかりがひしめいている。異世界にも格差は歴然と存在しているようだ。


「兄さんの子供とはいえ、限界はあります」

 オルサナは静かに言った。


 ここに住むしかない状況には同情する。それでも、イネアの旅立ちを反対しようとしないオルサナの姿勢が腹立たしかった。


 オルサナは一礼して家に戻っていった。


「ここでは、あんなものなの? そこそこ薄情な気もするけど」

 シニカスに聞く。


「貧しさはいろんなものを奪うのさ。今までイネアを支えてくれただけ優しい人だよ」

「そんなものかねえ」


 正直ここまでの貧困を味わったことはない。

 批判をする立場にないのだろう。コウキは自分もああなる可能性があると考え直した。


「ところで、一応確認なんだけど」

 シニカスがわざと明るい声を出す。


「キシスさんと才蔵さんの噂は本当だよね? 弱い人間を雇う気はないよ?」

「おお、拙者の力を疑うのか? では、披露して見せよう」


「ちょっと待った。まさかここの人たち全滅させるつもりじゃないよね」

 コウキが慌てて止める。


「拙者は人殺しではないぞ」

「やりかねないんだよ」


「そこまでなのか?」

 シニカスが聞く。


「ああ、あんまり冗談が通用する人たちじゃないから、扱いは気をつけてくれよ」

「ショックであるな」

 才蔵は肩を落とす。


「ま、まあ正式に雇う際にキャラバンの方でちょっとした試験するから、そういうことで」

 少々ビビりながらシニカスは言う。


「コウキはこの領内で、やり残したことはないか? あるなら早めに、やっておいたほうがいいぞ」

「うーん……ところでシニカス。借金ってできる?」


「オレから金を借りるということか?」

「うん」


「額はどれぐらいだ?」

「借りられるだけ」


「できるには、できるが。返す保証はあるのか?」

「それが怪しいんだよね。少なくとも、ここで稼ぐことはできないわけだし。無事にイルドワースとやらにたどり着けるかわからないんでしょ?」


「それなら、この二人が返してくれるということでもいいぞ」

 シニカスはキシスと才蔵の方を向く。


「この二人が本当に強いなら、かなりの資金を提供してもいい」

「それって、向こうに到着したら二人に何かしてもらうってこと?」


「ああ、仕事ならいくらでもある」

 コウキは二人を見た。


「拙者は構わぬぞ。任務のようで面白いではないか」

「変な仕事回されるかもしれないんだよ?」


「その時は断れば良い」

 シニカスを見る。


「もちろん適正もあるだろうから、いくら断ってもらってもいい」


「キシスさんは?」

「どうしてお金を借りる必要があるのですか?」

「それは……後で説明する」


「そうですか。私は才蔵さんとは違います。コウキ、あなたに約束して欲しいことがあります」

「はい。なんでしょう。私にできることなら何なりと」


「冗談で言っているわけではありませんよ」

「あ、すいません。ちゃんと聞きます」


「元の世界に戻るための手助けをしてください」

「なんだ、そんなこと? もちろんだよ。っていか、それじゃオレの方がもらいすぎだから、別のことでもいいよ」


「いいえ、これだけで構いません。あなたが、あなたなりに頑張ってくれるなら、それでいいです」

「はあ」


 なんだか余計にプレッシャーになった気もする。

 キシスの願いは単純だが、効果的だったかもしれない。しかし、キシスが元の世界に戻るためには、自らに使命を課し、それを果たすということだったはず。自分にできることはあるのかとコウキは思った。


「なになに、元の世界ってどういうこと? そういや、お前たちどこから来たんだ? アルブワイル領の人間ではないよな?」

 シニカスは商人らしい好奇心を向けてきた。


「あ、ああ……そうだな」

 才蔵に顔を向けると、全く関心のない様子で空を見ている。キシスは少し間を置き、うなずいた。




 たっぷり時間をかけてシニカスに説明する。


 効果はてきめんだったようで、証拠もないのに信用した。


「じゃあ二人の強さは神に授かったものということか。納得だ」

「神ねえ」

 コウキは応じる。


 そこまで信心深い方ではない。授けられた力には、何らかの意味があるかもしれない。ありがたいだけでのものではないだろう。


「それなら、コウキにはどんな力があるんだ」

「それがさあ、聞いてくれよ。記憶がないから、力があるかどうかも不明なんだよ」


「はははっ。コウキらしいな」

「らしいってどういうことだよ」

 笑い事ではないが、笑うしかない。真剣に力があるかどうか試した方がいいかもしれない。


「にしても、二人の力については信用するよ。コウキへの借金を増額してもいい」

「いいのか? 見世物小屋に並べられたりしないよな?」


「見世物? なんだかわからないが、こっちの事情もあるんだよ。さっき、キャラバンの人間が五人ほどいなくなったと言っただろ? 減った分の人数を補っておいた方が、全員生還の確率が上がる。それに、二人の強さが加わるなら、更に期待もできるってもんだ」


「だとしても、オレにとって都合が良すぎるような気もするんだよな」

「ああ、そういえば、コウキは商人ギルドのこと知らないのか」


「ギルド!」

「どうした?」


「いや、久々に異世界ファンタジーを感じたので、興奮冷めやらないといったところだ」

「そ、そうか。説明を続けさせてもらうぞ?」

「どうぞ、どうぞ」


「うちの商人ギルドのネットワークは相当なものだ。踏み倒したまま逃げ切れるものじゃない。おそらく、そっちの二人はオレが戻れなくても確実に生き残れるだろう。その場合、ギルドがオレの代わりに仕事を要請することになる」


「なるほどね」

 やはり商人なりの計算が働いているようだった。


「用意できた」

 イネアが家から出てきた。

 穀物でも入っていただろうズタ袋を引っ提げている。


「ひとまず、バッグを買った方が良いな」

 シニカスが言う。


「オレは一度キャラバンに戻って報告をしてくるつもりだ。コウキたちは、これからどうする?」

「どうと言っても」

 ゴットノートを見た。領内をうろつくのは歓迎されないかもしれない。


「旅の用意ぐらいはさせてもらえる?」

「リンズワルム様は領内から立ち去っていただけるなら、ある程度の自由は認めるとおっしゃっていました」


「城内の宿屋は使える?」

「はい」


「じゃあ、ひとまずそこにいる予定」

「わかった」

 シニカスは宿屋の名前をゴットノートに聞いた。


「それじゃあ、また後日」

 シニカスは城壁とは逆の方向へ去っていった。


 イネアを加え、キシス、才蔵、ゴットノートの五人で城壁に戻る。




「ところでイネア。叔母さんとは、ちゃんとお別れしてきたのか?」

 これが今生の別れになるかもしれない。


 イネアが睨みつけてくる。そっぽを向いた後、こくんとうなずく。


「アレストのことは許したんだよな」

「……」


「イネアさん?」

 キシスが代わりに聞く。

「そうよ」


「わかった。それなら行かなきゃ行けないところがある。オレもまだ行ってないし」

 城壁を抜け、闘技場の近くまで行く。




 場所はあらかじめゴットノートに聞いていた。


 闘技場で死んだ者たちは、小さな区画に埋葬されていた。人の背丈ほどの加工されていない石が立っている。墓石のようなものだろう。粗末な柵で囲われ、訪れる者は少ないようだった。


 夕暮れ時になっていた。影が長く伸びている。


 途中で買った花を供え、手を合わせる。こちらの世界でも弔いの方法は似たようなものだった。イネアも同じようにして涙を堪えていた。




 宿屋に戻って朝を迎える。


 シニカスが迎えに来た。


 旅に必要なものを選んでくれるということだった。一緒に商店へ向かう。


 コウキは武器としてナックルガードを選んだ。

 最低限、自分が傷つかずに相手にダメージを与えられそうなものだった。刃物を選んだ所で使えそうにない。


 サバイバルナイフも買うことにしたが、あくまでアウトドア用として持つことにした。


「ここは私が」

 ゴットノートはそう言って、金を出した。


 シニカスからの借金は、このためでもあったが、出すというなら構わない。


「案外、兵士は儲かるの?」

「いいえ、そうでもありません。このお金は餞別です」

 リンズワルムの下においておくのはもったいない。


 一日かけて最低限の品をそろえた。


 日が落ち宿屋に戻る。

 明日、アルブワイル領を出ることとなった。

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