19 スラム―――――――――気持ち、届いたよ

 イネアに叩かれた頬をさすりながら、コウキは家を出る。


「やっぱり、叩かれたな」

 シニカスが声をかけた。

 全員は家の近くの石材置き場に腰をおろしていた。


 叔母のオルサナがコウキと入れ替わりで家の中に入っていく。


「やっぱりって?」

「いや、オレもやられたから」

 シニカスは自分の頬を指さした。


「随分と手が早いようで」

 コウキも近くの石に座り込んだ。


「オレはともかく、シニカスはどうして叩かれたの?」

「アレストはイネアに事情を話さずに出ていったんだよ」

 事情とは直訴のことだろう。


「もしかしてイネアはアレストの死が迫っていると知らなかったの?」


「そういうこと。でも、アレストは毒のことと直訴のことをオレにだけは話した。アレストが帰って来ないものだから、イネアに色々聞かれたよ。そのうち、アレストが捕まって闘技場で死んだということを知って、問い詰められたってところ」


 イネアはアレストが黙って出ていったと言っていた。

 だからお兄ちゃんが嫌いだとも。


「ところで、三人が揃ったところでお願いがあるんだけど、いい?」

 シニカスが前のめりになる。


「三人ってオレとキシスさんと才蔵さんってこと?」

「もちろん。コウキたちは国外退去ということになったって聞いてるけど、合ってる?」

「うん」


「じゃあ、オレが所属するキャラバンに加わらないか? もちろん食事は提供させてもらう」

「キャラバンねえ、どう思います?」

 キシスに聞く。


「私はどちらでも、コウキが決めてください」

「拙者も同じである」

 相変わらず丸投げだった。


「じゃあ、せっかくだから一緒に行くか。旅は大人数の方が楽しいだろうし」

「おいおい、随分と気楽だな」


「? 気楽って?」

 シニカスとゴットノートは目を合わせた。


「コウキどの、以前お話ししませんでしたか? アルブワイル領は比較的モンスターの少ない土地だと」

 ゴットノートが聞いてくる。


「そういえば、言ってたね」

「つまり、アルブワイル領から離れるにつれ、モンスターの領域になります。人間の立ち入っていい領域ではありません」


「それって結構危険ってこと?」

「結構どころでは」


「マジか」

「それじゃあ、もしかして国外退去の意味も知らないのか?」

 シニカスが言う。


「何? 他の意味があるの?」

 二人はまた目を合わせた。


「普通の人間にとって領内を追放されるということは死を意味します。つまり、遠回しに死刑を宣告されたということです。まあ、キシスどのと才蔵どのは別でしょうけど」

 ゴットノートは苦笑いしながら言った。


「リンズワルムのくそおやじが!」

「聞かなかったことにしておきます」

 ゴットノートは更に苦笑いをした。


「ところで、シニカスどのはキャラバンとおっしゃっていましたが」

 ゴットノートがシニカスに聞く。

「ああ、イルドワースの商人だ」


「では、モニアケ地方を越えてきたということですね。犠牲者は?」

「五人ってところだな。四人は森の中に埋葬して、残りの一人は足をやられた。こっちに置いていくつもりだ」


「おいおい随分、物騒な話だな。それに置いていくって?」

 コウキは思わず口を挟む。


「足手まといを連れたまま越えられる場所じゃない。死ぬよりマシだろ? それに元からそういう覚悟で来ている連中ばかりだ。契約書もある」

「そういう問題じゃないんだけど」


「まさか、ビビってんのか? キャラバンに加わらないとは言わないよな?」

「そりゃあ、三人だけで行くよりはマシだろうけど」

 キシスと才蔵を見る。


「私たちはシニカスさんの言う、イルドワースという都市の場所さえ知りませんよ」

 キシスが釘を刺す。


「そういうこと。モニアケの森で暮らすって言うなら、話は別だけど。まあ、やめとけ。二日も持たない」

「もちろん、サバイバル生活ができるとは思わない。それに、オレは文化的な生活がしたい」


「言ってることはよくわからないが、ひとまずキャラバンに参加ってことでいいな? アルブワイル領としても文句はない?」

「はい。領内から出ていただければ、手段は問いません」

 ゴットノートが答える。


「そういや、シニカスはオレたちの噂知ってたよね? もしかして、キシスさんと才蔵さんを用心棒にするために来たのか?」

「まあ、そういうこと」


「だから食事付きなのか。まさか、オレの食事は別とか言わないよな」

「そこは、おまけにしといてやるよ」

 商魂たくましいとはこのことだ。


「アレストのこともあるしな」

 シニカスはぼそっと言う。


 何も商売だけが全てということではなさそうだ。


「その話、聞かせて」

 背後には、いつの間にかイネアが立っていた。


「もう叩かないなら、いいよ」

「お前には聞いてない」

 イネアはシニカスの方を見た。


「コウキたちがイルドワースに行くって話? イネアもコウキたちが追放されたってのは聞いてただろ?」

「私も行く」


「え?」

 コウキとシニカスは声を上げた。


「わかって言ってるのか?」

 シニカスが鋭い声で問いただす。


「もちろん知ってる」

「どうして」

 思わずコウキが口にすると、イネアに睨まれた。


「お前を恨み続けるためだ。逃げられると思うな」

 正直そこまで恨まれるとは思っていなかった。


「逃げる気なんかないよ。でも、危険なんでしょ?」

 シニカスを見る。黙って思案にくれていた。


「オルサナ叔母さんは、どう思います」

 シニカスは家のそばにいたオルサナに聞いた。


「イネアも立派な大人です。自分のことは自分で決める年齢です」

「そうですか……オレの方は問題ない」


「え? いいの?」

「それじゃ準備してくる。逃げるなよ」

 イネアはコウキに厳しい目を向けてから家に戻った。


 その腰にはアレストの持っていた小袋が結ばれていた。あの独特な結び目はなくなっていた。


 結び目の文化を教えてくれたおばさんは、結び目をほどくことで了承したという意味になると言っていた。

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