18 スラム―――――――――約束、果たしたぞ

 朝になって宿屋を出る。


 扉の外にはマッチョがいた。


「うわ、変態」

「傷つくであるな」

 才蔵はシュンとなった。


「そういえば、ゴットノートさんは初めてだよね? こちら才蔵さん」

「おお、ゴブリンを全滅させたという……素晴らしい筋肉ですな」

 ゴットノートは才蔵の手を取って握手する。


「霧隠才蔵である。やっと同士に会えた気分だ」

 大胸筋を揺らす。


「で、何か用?」

 筋肉同士が共鳴し始める前に聞く。


「拙者への扱いが悪くないか?」

「そんなことないよ。ねえキシスさん」

「私も扱いが悪と思いました」


「そういえば、キシスさんと才蔵さんは会ってたんだっけ?」

「ええ、少しだけですが」

「そうであるな」


 よく考えると、転生者三人が会うのはこれが初めてだった。

 なんとなく感慨深いものがある。


「で? 何か用事があったんでしょ」

「ああ、そうであった。こちらの御仁を連れてきた」

 扉の影から男が出てきた。アレストと同じか、少し年上に見える。


「はじめまして。商人のシニカスだ」

「あ、よろしく」

 コウキは握手をして答える。


「この人が何か?」

「アレストどのの家族を探しているのだろう? シニカスどのは知り合いだ」


「え? まじで? てか、どうして探してること知ってるの?」

「昨日、大通りで揉めたそうではないか。噂になっていたぞ」


「ああ、そういうこと」

「シニカスどのも、お主らを探していたそうだ」


「噂を聞いて探していたら、こちらの才蔵さんが声をかけてくれて」

「びびったでしょ?」


「……ああ、まあな」

 シニカスは気を使いながらも答えた。


「傷つくであるな」

 再び才蔵はシュンとする。


「ここでは邪魔になります。場所を変えましょう」

 キシスが早く外に出ろとせかす。


「そうだね」

 全員で大通りまで出た。


「それで、シニカスはアレストと知り合いだったってこと?」

「あいつとは気が合ってね」

 どこか悲しげな表情だった。


「アレストの妹の居場所を知ってるの?」

「ああ。今は叔母さんの所にいる」


「じゃあ、今から案内して」

「いいのか?」

 シニカスは立ち止まって振り返る。


「どういうこと?」

「イネアの状態はとても不安定だ。それでも会うか?」

 どれだけ不安定なのか、会ってみないとわからない。


 ちらりとゴットノートを確認する。いつまでもこの領内にいられるわけではない。


「それでも構わない」

「なら行こうか」

 シニカスが先を歩く。


 後ろを見ると、才蔵はドロンと消えることなく、ついてきている。


「ところで、才蔵さん。オレたち国外退去になったんだけど、才蔵さんはこれからどうするの」

「もちろん、ついていくつもりだ」


「そういえば、まだ日本の話してないもんね」

「それだけではないがな」

 才蔵はニヤリと笑う。




 城壁の外には、バラックが立ち並んでいた。

 いずれも粗末な小屋で、木組みの上から藁のようなものをかぶせただけのものだった。さながら難民キャンプを思わせた。


「この領内でも、こういうところはあるんだね」

 ゴットノートに聞く。


「全員が城壁の中に住めるわけでも、農地が与えられるわけでもありません」

 冷めた言い方だった。


 しばらく進むと、小屋の前でシニカスは足を止める。


「オルサナ叔母さんいる? シニカスだけど」

 のれんのような布をめくって人が出てきた。扉はないらしい。


「おや、大人数で」

「イネアいる?」

「ええ」

 オルサナは目を伏せた。


「この人がイネアに会いたいらしくて……アレストの最期を見た人」

「コウキです」

「オルサナと言います。全員で入りますか? その……中は狭いので」


 後ろを見る。

 キシス、才蔵、ゴットノートは首を振った。


「二人で話してくるといい」

 シニカスがのれんをめくる。


「わかった」

 中は暗かった。

 窓はなく、入り口と壁の隙間から入り込む光だけが頼りだった。


 奥の部屋から人の気配を感じる。すすり泣きも聞こえた。


 部屋を仕切るドアがない。ノックもできず立ち尽くす。


「あの~。イネア?」

 聞くまでもないが、そう言うしかなかった。


 床に体育座りをしていた影が、ばっと頭だけ起こす。


「あんた、だれ?」

 きつい声だった。


「オレはコウキ。その……アレストと……」

「お兄ちゃんの何?」

 鋭く先を急かされる。


「闘技場でアレストに助けてもらったんだ」

「それじゃ、最後まで生き残ったっていう?」


「ああ」

 イネアは立ち上がると向かってくる。コウキは反射的に半歩下がった。


 パシンと乾いた音がする。


 平手打ちをくらっていた。


「なんであんたが生きてて、お兄ちゃんがいないのよ」

「ごめん」


「謝ってほしいわけじゃない」

 ドスンと横っ腹に衝撃がある。今度はボディーブローだった。


 声を出さないよう、むやみな謝罪をしないよう、きつく口を閉じる。

 理不尽に思えても、感情を吐き出す場所を提供すべきだ。シニカスの言った、不安定な状態というものをようやく悟った。


「アレストは勇敢だったよ」

 痛みをこらえて話す。


「そんなこと聞きたくない。勇敢でなくていいから、お兄ちゃんを返してよ」

 また腹にパンチが飛んでくるかと思って、腹筋に力を入れる。


 今度は何もなかった。かわりに、イネアは膝をついて顔を覆った。


 しばらく、黙って泣き声を聞く。


「渡したいものがあるんだ」

 泣き止んだところで、小袋を出す。


 イネアは受け取ると、地面に叩きつけた。


「黙って出ていったお兄ちゃんも嫌い。お前も嫌い」

 コウキは小袋を拾う。


「オレのことなら、いくらでも嫌ってくれて構わない。でも、アレストのことは許してくれないか」

「そんなこと! お前に言われたくない」


「そうだな……この小袋の紐なんだけどさ、変わった結び目だよな。ヘイスレン村に行ったとき、結び目にメッセージを込める文化があるって教えてもらったんだ。それで、この結び目にはどんな意味があるかって聞いたらさ『謝罪』だって。アレストが謝りたい相手って、イネアじゃないかな」


 イネアは小袋をひったくると、拳を振り上げる。


 今度は地面に叩きつけることはなかった。

 振り上げたまま固まっている。腕が震えていた。


「出ていって」

「ああ」


 コウキは暗い部屋を後にした。


 イネアは両手で顔を覆って泣いていた。


 出口からは、わずかに光が差し込んでいた。

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