17 宿屋――――――――――取り調べ室、カツ丼抜き
「今、ちょっといい?」
ゴットノートの部屋をノックする。キシスを後ろに伴っていた。
「構いませんよ」
ドアを開け部屋に入る。
ゴットノートは自分の家があるはずなので、帰ればいいのにと言ったが、同じ宿屋に泊まると言い張った。やはり監視の役目もあるのだろう。
椅子を勧められ座る。
「キシスどのもどうぞ」
「いえ、私はここで」
キシスは扉の近くで立ったままだった。
コウキは部屋で一人、今までのことを整理した。アレストのこと、ヘイスレン村のこと、アルブワイル領のこと。ゆっくり落ち着いて考えると、色々と疑問が浮かんできた。
「聞きたいことがあるんだけどさ」
「私に答えられることなら」
「アレストの家族を探すの手伝ってくれるって言ったでしょ?」
「ええ」
「そのアレストなんだけど。左手から先がなくなっていて、患部が黒くなってたんだ。フレイムアントに噛まれた跡だと思うんだけど、他に似たような症状ってある?」
「聞いたことはありませんね」
「となると、アレストはフレイムアントに噛まれていたってことだよね」
「そうなりますね」
ゴットノートをじっと見るが、表情に変化はない。
「昼、リンズワルムに会ったときフレイムアントのこと文献で調べたって言ってたよね? あれ嘘でしょ?」
「どうして、そう思うのですか?」
「早すぎるというか、準備がいいというか。むしろ、前もって知っていた気がするんだよね」
「そういうこともあるかもしれませんね。ですが、私にはなんとも言えません」
「あくまで、推測なんだけどさ」
「はい」
「アルブワイル領では、これ以上領地を拡大しない方針だって言ってたよね?」
「ええ」
「だからヘイスレン村のような所は認められないとも言ってたよね?」
「ええ」
「それって、アルブワイル領がヘイスレン村を助ける理由はないってことじゃない?」
ゴットノートは黙った。
「それなのに、わざわざ調査をするってのが、どうにも納得できないんだよね。そこでリンズワルムが、そもそもヘイスレン村を助けるつもりはなかったという前提で考え直したんだ。その場合、初めからヘイスレン村を全滅させるつもりで、色々計画してたんじゃないかって気がしてさ」
「どういうことですか」
キシスが聞いた。
「リンズワルムは、最初のモンスター襲来時にキシスさんが活躍したってのは聞いてるはず。当然、闘技場での活躍も知ってる。もちろん、キシスさんがオレを助けったってこともね。そうすると、オレをゴブリンの調査に向かわせることで、あわよくばキシスさんがゴブリンを倒してくれるかもしれない。そう考えても不思議はないよね」
「なるほど、確かにそうですね」
キシスはうなずく。
「いつかは、ゴブリンを掃討するつもりだったけど、自分の兵を動かさずにできるならラッキーでしょ? まあ、実際はキシスさんではなく才蔵さんが全滅させたけど、そこは同じということで。それなら、どうしてそんなことをするかというと、ヘイスレン村は見せしめにされたんじゃないかな」
ヘイスレン村に騙され、リンズワルムに追放され、すっかり毒気に当てられた。コウキとしても、これぐらいのことは考えられるようになった。
「それこそ開拓地を広げたいと思う連中は他にもいたんだろうし。もしくは、アルブワイル領の方針に逆らう不届き者の末路を見せつけることで、求心力を得るってこともあるのかな? リンズワルムはシュークレアとも対立してたみたいだし、一枚岩でないってのはありそうだよね」
ゴットノートを横目で見る。特に変化はない。
「こうなると、アレストの存在が気になってくる。どういう罪状で闘技場にいたのか知らないけど、少なくとも罪に問うぐらいだからリンズワルムがアレストのことを知っていた可能性がある。フレイムアントに噛まれた跡のある罪人ということなら、色々つながってきそうな気がするんだけど」
あらためて、ゴットノートを真正面から見つめる。
「よい推測だと思います」
「それだけ?」
「はい」
もう少し揺さぶる必要がありそうだった。
「じゃあ、今度はマイセズ砦のことを話そうか? フレイムアントの襲来があったと知らされたとき、みんな結構慌ててたよね? 援軍だって間に合ってなかったし。初めから襲来を予見していたなら、マイセズ砦にもっと兵士がいても良さそうなものだよね。そう考えると、マイセズ砦まで攻められるとは思ってなかったんじゃない? どうかな? 軍事担当のゴットノートさん」
机に置かれたゴットノートの手はきつく握られている。これは少し効いたのかもしれない。
「別にゴットノートさんの失態をからかいたいわけじゃないからね。オレは真実を知りたいだけ。それに、オレたちはあと数日で、この領地から出ていく人間だ。話したって問題ないと思うけど」
最後は説得になった。証拠を集めて自白を迫ることはできない。結局は心情に訴えるしかない。
「そうですね」
ゴットノートは天井を仰いだ。
彼は武官であり、リンズワルムの卑怯な計画に乗り気でない。そんな感触があった。武官には、どこか正義を貫くというイメージがある。
「アレストどののことから話しますか。彼はリンズワルム様の移動中に道を塞いで直訴したのです。本来はそれだけで死刑になることはないのですが、シュークレアどのが強硬に死刑を主張して闘技場に送られることになりました」
自分のことだけでなくアレストもとなると、さすがに憎しみが湧いてくる。なんとかして恨みを晴らしたいが、相手はすでにこの世にいない。
「アレストどのの直訴の内容は、ヘイスレン村でゴブリン掃討の計画があるので止めて欲しいということでした。彼はゴブリンがいなくなることでフレイムアントが攻めてくることを身をもって知っていたのです。彼の両親はフレイムアントの毒にやられて亡くなったということでした」
「そうですか」
コウキは安堵の息を漏らす。
どこかでアレストを信じきれずにいた。アレストが殺人犯だった場合、自分を助けてくれた相手に、どう感謝すべきなのかわからなかった。
ヘイスレン村は無謀な開拓に挑もうとしていた。アレストはそれを命がけで止めようとした。その行為は、最後まで笑っていたアレストにふさわしいものだった。
「以前の話ですとフレイムアントに噛まれると、すぐに運搬役が来て運ばれるということでしたが。アレストさんはどうして生きていられたのですか?」
キシスが空気を読まずに聞いた。
「突撃役のフレイムアントは斥候役を務めることもあるようです。つまり、出会い頭に噛まれるということもありえます。それに、マイセズ砦のように、他に援軍がいるなら噛まれた後で救出されることも多々あります。しかし、毒はそのうち全身に広がり、いずれは死を迎えます。アレストどのも両親の死を見て、自分の命が後わずかだと知ったのでしょう」
アレストの笑顔に納得がいった。死を悟ったうえで、なお生きることに前向きな者の笑顔だった。
「それなら、アレストに家族はいないってこと?」
「いえ、確か妹がいるということでした」
明日からやることが明確になった。
「それじゃあ、アレストが直訴したことでヘイスレン村の事情を知って、フレイムアントのこともわかったってこと?」
「ええ。後はコウキどのの推測どおりです。リンズワルム様とシュークレアどのが見せしめにするための計画を詰めました」
「ところで、そもそもヘイスレン村がゴブリンを掃討するつもりだったなら、なにもオレが行かなくても良かったんじゃない?」
「村の連中がゴブリンを掃討できる保証はありません。また、掃討がどこまで進んでいるか調査するという意味もあったのです。まさか、本当に一日で全滅させてしまうとは思っていませんでした」
「なるほどね。じゃあ、マイセズ砦のことは?」
「文献ではフレイムアントは森から出てくることはないということでした。被害はヘイスレン村にとどまると考えていたのです。そのため、村人を救出するため安易に跳ね橋を下ろすという事態になりました。まあ、文献にあった水を怖がるというのは当たっていましたけどね」
ゴットノートは虚しく笑う。
当然、マイセズ砦での被害に責任を感じているのだろう。
「結局、初めから利用されてたってことか」
皮肉を言うつもりはなかったが、素直に納得できる話ではない。
「私の立場で謝罪することはできません。アルブワイル領にとっては必要なことでした」
「少なくとも、ヘイスレン村の犠牲に関しては何も思わないってこと?」
「はい。それが政治です」
「やだやだ」
ゴットノートを責めたところで意味がない。リンズワルムに物申したいところだが、かわされるだけだろう。
第一、他人を責めたところで、自らの罪が軽くなるわけではない。
コウキがゴブリンの全滅を才蔵にお願いし、ヘイスレン村がフレイムアントに襲われた。
この事実を重く受け止める。
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