16 リンズワルム邸―――――あばよ!
朝になってリンズワルムの屋敷に戻ることになった。
ゴットノートはほとんどの兵をマイセズ砦に残し、わずかな手勢を率いて戻るということだった。コウキもそれに同行するよう言われた。
屋敷に戻るとゴットノートが報告に行き、待たされる。
「今回は何もできなかったから、いちいち会うこともないのにね」
「そうですね」
キシスはぶっきらぼうに応じる。
しばらくして、ゴットノートに呼ばれ三度目の広間に向かった。
前回と同じくリンズワルムが中央に座り、そばにはシュークレアの後を継いだセラードがいた。
「何か用? またクエスト?」
「クエスト? その言葉は知りませんが、キシスどのの仕官の話です」
「ああ、そういえば、そんなことあったね」
「どうですか、キシスどの」
「その前に、以前お願いした元の世界に戻る方法ですが、何か手がかりはありましたか」
「すいません。さすがにそういった文献はありませんでした」
「そうですか。では、仕官については正式にお断りさせていただきます」
「理由を聞いても?」
「この地に手がかりがないなら、コウキについて行った方がよいと思ったまでです」
「そうですか。残念です」
リンズワルムの声は柔和だが目が笑っていない。
コウキは嫌な予感がした。
「ところでコウキどの、この領内にはいつまで滞在される予定ですかな」
「特には決めていませんけど」
アレストの遺族を見つけるまではいるつもりだった。
「でしたら、早目に立ち去ることをおすすめします」
「え? どういうこと?」
「実は文献を調べたところ、フレイムアントの襲来はゴブリン掃討に関係があるとわかりました。どうやら、フレイムアントの毒はゴブリンに通用しないようです」
コウキは昨日の夜のことを思い出した。
ゴブリンはフレイムアントの殻を甲冑として使っていた。それはゴブリンがフレイムアントを狩っていたことを意味している。毒が効かないのは最もだった。
更にそこから導かれる結果を考え、はっとする。口に手を当てていた。
「お気づきになられたようですね。ゴブリンはフレイムアントを押し留める役割をしていたのです。コウキどのがゴブリンを全滅させてしまったことで、フレイムアントはヘイスレン村を襲い、マイセズ砦まで押し寄せということです」
「いや、ちょっと待って、ゴブリンの掃討はリンズワルムさんが言い出したことじゃ」
「私がお願いしたのは、あくまで調査です」
そうだった。確かに、ゴブリンを倒せとは言われていない。
「で、でも、だからって」
「私は別にコウキどのを責めているわけではありません。ただ、こうした事実がすでに市中に知れ渡っています。領民がコウキどのをどのように扱うかはわかりません」
リンズワルムの物腰は柔らかい。
しかし、実質脅しているようなものだった。
「領民の誤解を解くことはできないのですか」
キシスが聞いた。
「コウキどのは、この領内にとどまるつもりはないご様子。それでしたら、一刻も早くこの領内を立ち去るのが賢明かと思います」
「そうですか」
キシスは大人しく従った。目には軽蔑の色が見える。
リンズワルムが言わんとすることが理解できた。配下になるつもりがあるなら守ってやる。そうでないなら、さっさと立ち去れということだ。
もしかすると、ゴブリンの後にやってくるフレイムアントの情報を積極的に領民に知らせた可能性だってある。
「まだ用事が残ってるから、それを片付けるよ。終わったら早々に立ち去るつもりだ」
この領内にとどまりたいわけではない。
「世話になったな」
コウキは背中を向けて、右手を上げてひらひらと振る。
キシスも後ろに従った。
イライラした気持ちを抱えたまま、屋敷を出る。
後ろから走ってくる靴音が聞こえた。
振り向くとゴットノートがいた。
「何か用?」
「ええ、護衛を頼まれまして」
「監視の間違いじゃない?」
「はは、手厳しいですな」
ゴットノートはあくまでリンズワルムの配下だ。自然と態度も悪くなる。
「コウキどのの用事というのを聞かせてもらっても」
「アレストの遺族を探す」
「お手伝いします」
ゴットノートはどう見ても武官だ。リンズワルムの政治的な画策に関与しているわけではないだろう。八つ当たりしても仕方ない。
「じゃあ、お願いしようかな」
今までの関係性もあるし、案内は必要だった。この領内を出るまでは、仲良くしておいた方がいい。
ゴットノートの提案でアルブワイル領で一番の市街地にやってきた。
探すと言っても宛はない。聞きまわるしかないだろう。
街行く人に声をかける。
「聞きたいことがあるんだけど、ちょっといい」
「ん? なんだ?」
おじさんは足を止めて話を聞く態勢をとった。
「アレストっていう人の家族を探してるんだけど知らない?」
「アレストねえ、アンタ知ってるか?」
少し離れた所にいたおばさんに声をかける。
「いや、知らないねえ」
そうした輪が広がっていき、何人かがコウキの周囲に集まる。
おじさん、おばさんに取り囲まれた。
「てか、そのアレストって奴の家族を探して何をするんだ」
「ああ、渡したいものがあってね。それと、伝えたいことも」
「もしかして、そのアレストってのは死んじまったのか」
「うん。闘技場でね」
少し離れたところにいたキシスが頭を横に振る。
何かまずいことでも言ったのか?
その意味はすぐにわかった。
「闘技場って、あのモンスターに蹴散らされた奴のことか? というか、お前見たことあるぞ。そこの姉ちゃん、もしかしてモンスターをぶった切ったやつじゃねえか?」
喧騒はどんどん大きくなった。
周囲にいた者たちは、闘技場で見物していた客だった。コウキの名も知られていた。
シュークレアの置き土産は、まだ効果を発揮し続けていた。お前はモンスター襲撃の黒幕だろうと小突かれる。
違う、その後にゴブリンを全滅させた英雄だと守られる。
いやいや、フレイムアントをおびき寄せるためのゴブリン全滅だと反論が始まった。
しまいにはアルブワイル領を侵略するつもりなのかと殴られた。
もみくちゃにされ収集がつかなくなった頃、手を引かれた。キシスだと思ったら、ゴットノートだった。
キシスは領民を押しのけ道を作っていた。
なんとか逃れ、裏道で一息ついく。
どうやら、リンズワルムの言っていたことは嘘ではないようだ。ゴブリン全滅やフレイムアントの一件は知れ渡っている。それにしても、領主が領主なら領民も領民だ。勝手がすぎる。こんな所に長くいたいとは思わない。
それでも諦めるつもりはなかった。
なんとしてもアレストの家族を見つけ出す。
三人で宿屋に向かった。
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