15 マイセズ砦―――――――頭部は語る
マイセズ砦の跳ね橋はゆっくりと上っていく。
あたりは夜の帳が下りて、松明が照らしていた。
負傷兵は近くに建てられた簡易的なテントに収容された。
近隣の村からも人が来ているのか、農民の格好をした人物もちらほらいる。援軍の兵士も後から百人ほど駆けつけたが、ほとんどが野営の準備に追われるのみだった。
炊き出しが行われ、コウキも列に並ぶ。後ろにはキシスがいた。
コウキもキシスも救助に奔走した。できることは負傷兵をテントに運ぶことだけだった。モンスターはすでに撤退したのか、死骸だけが転がっていた。全て大きなアリだった。
温かいスープをもらって、芝生に座る。
二人とも黙ってすすった。
「ゴットノートさん」
遠くを歩くゴットノートの姿が見え、呼び止めた。
こちらに駆け寄ってくる。
「救助を手伝って頂いたようで、感謝します」
ゴットノートは頭を下げた。
「状況、聞いてもいい?」
「そうですね。私も少し休憩させてもらいますか」
コウキの隣に座った。
「モンスターっていうのは、あのアリだったの?」
「はい。フレイムアントというモンスターです。私が到着したときには、すでに敵の姿はありませんでした」
「すぐに、逃げたってこと?」
「ひとまずの目的を果たしたということだと思います」
コウキは次の言葉を待った。
「フレイムアントの頭が転がっているのを見ましたか?」
「うん」
「フレイムアントのコロニーは、きちんと役割が分かれていると言われます。役目によって姿形も微妙に違うようです。頭が落ちていたのは、突撃役で主に足や手に噛みつきます。強く叩く程度の力で頭は簡単に落ちるのですが、手足も一緒に噛みちぎられます。顎には毒があって、患部が黒く変色し、血もほとんど出ません。おそらく毒に何らかの止血作用があるのではと言われています」
「じゃあ噛まれなければ、そんなに強くないってこと?」
「単体であれば……実際には数で攻めてくるタイプの敵ですので。突撃役はあくまで捨て身の攻撃をするだけの役目で、使い捨てです。その後にやってくる運搬役が本来の目的を果たします。突撃役が相手の四肢を奪い、身動きが取れなくなったところで運搬役が来て、さらっていくわけです」
「さらわれたら……」
「まあ、生きた餌ということでしょう。帰ってきた者はいないので、わかりませんが」
コウキは黙ってスープの器を置く。
「ここに着いたとき、跳ね橋が下がっていたけど、あれが被害を広げた原因?」
「ええ。先にヘイスレン村が襲われたようです。生き残った村人が救助を求めて、この砦に来たということでした。跳ね橋をおろした直後にフレイムアントに侵入されました。急いで跳ね橋を上げたということですが、何匹かが取り付きフレイムアント自身が橋のように繋がり、食い止めることができなかったようです。フレイムアントは水を怖がるので、跳ね橋さえ上がっていれば……」
「ヘイスレン村は?」
「ほぼ全滅ですね」
村人たちが宴会をする状況が浮かぶ。
危うく殺されそうになったわけで、同情の気持ちは薄い。
宴会で村人に絡まれたとき助けてくれたおばさんがいた。結び目の文化も教えてくれた。あのおばさんは生き残れただろうか。
「それでは、私はこれで」
ゴットノートは立ち上がると、テントの方に向かって歩き出した。
「結局、何もできなかったね」
「救助はしましたよ」
キシスは負傷兵を見ても、動揺した感じはなかった。
「それだけだよ」
「戦うつもりだったのですか」
「一応ね」
「……そうですか」
意味ありげな返答は、コウキに嫌な推測をさせた。
弱いのに戦うつもりだったのか?
空になったスープの器を持って立ち上がる。
炊事係に返却して、急ごしらえのテントに向かう。
途中、フレイムアントの死骸を集めた場所があった。よく見ると赤黒くテカテカと光っている。
興味が湧いてきた。近づいて観察する。
「気をつけてくださいね」
キシスが注意する。
「さすがに、この状況で動くとは」
頭部だけになったフレイムアントがカタリと音を立てた。
びびって飛び退く。
山と積まれた死骸から、頭部が落ちただけだった。
「驚かせやがって」
強がるものの、頭がいきなり飛びかかってくるという恐怖は消えなかった。
なぜかフレイムアントの頭部に見覚えがあるという気がする。近くにあった小石を投げた。
カコーンという音が鳴った。
やはり硬さはあるようだ。
そこではっと思い出す。
ヘイスレン村の森で会ったゴブリンがクワガタのような兜をかぶっていた。あれはフレイムアントの頭部だったのかもしれない。鎧や肩当てもフレイムアントの殻でできていたのだろう。
落ちた頭部をそのままにしてテントに戻った。
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