14 リンズワルム邸―――――生首に文句
もやもやとした気持ちを抱えたまま、リンズワルムの屋敷まで戻ってきた。
「よっしゃ無実を勝ち取るぞ」
コウキは自らを鼓舞するために声を出した。
屋敷に入るとゴットノートが前に立つ。
「まず私が報告をしてきますので、それまであちらの部屋でお待ち下さい」
近くの部屋を指さした。
「わかりました」
キシスが答え、二人で部屋に入る。
帰りの道中、キシスはずっと黙ったままだった。今も、黙って何かを考えているように見える。
すぐにゴットノートが戻ってきて、以前の広間に通された。
宿敵シュークレア神官長はどこだと探す。
前回は中央のリンズワルムのそばにいたはずが、今回は他の人物がいた。神官のような格好をした別のおじさんだった。
「話はゴットノートから聞きました。大変な目に遭われたようで」
リンズワルムが口を開く。
「そうだよ。大変だったんだよ。まあ、こっちにも悪いところはあったと思うけど、まさか餌に使われるとはねえ」
鬱憤をかき消すように強がる。
「ゴブリンを全滅させたという才蔵どのは、おられないのか」
「それが洞窟を出た後に消えたままで……オレも色々感謝とか言いたいんだけど、どこに行ったのか」
「そうですか。ですが、ゴブリンを退治できたというのは、お手柄でしたね」
「ありがと。ところで、シュークレアの爺さんは? ゴブリンは退治したんだから身の潔白を証明してやったぞって言いたいんだけど」
「ああ、そうですね」
リンズワルムは口の端を吊り上げた。
コウキは村人の無邪気な笑顔を思い出す。裏に潜む暗い印象が重なった。
「その前に、まずは彼を紹介しましょう」
左隣にいた神官の格好をしたおじさんが前に出て、お辞儀をする。
「彼はシュークレアの変わりに神官長をしているセラードという者です」
「はあ、どうも。それでシュークレアはどこに? オレとしては、あの爺さんに色々と言ってやりたいんだけど」
「はは、それは申し訳ないことをしましたな。もっとも、今からでも遅くはないですが」
リンズワルムは笑う。
いまいち要領を得ない。コウキは首をひねった。
「ああ、失礼。彼の生首で良ければ、どうぞ文句を言ってください」
「……どういうことですか」
「このセラードがシュークレアの悪行を暴き、罪に問うたのです。あなた方が出発した後、シュークレアは処刑されました」
コウキの感じた暗い印象は当たっていた。
権力闘争だったり、利権の争奪のような構図があるのかもしれない。暗い領域に踏み込む気にはなれず、ため息をつく。
「それじゃあ仕方ないですね」
シュークレアへの怒りをリンズワルムにぶつけるわけにも行かなかった。なにより、これ以上、闇に近づきたくない。
「ひとまず、オレは晴れて自由の身といことでいいんだよね」
「はい。ところでキシスどの」
「なんでしょう」
「良ければ、このアルブワイル領でその力を発揮しませんか」
「配下になれということですか」
「有り体に言えばそうです。どうでしょうか」
「私はこの世界の住人ではありませんよ」
「構いません」
「質問をよろしいですか」
「どうぞ」
「私が元の世界に戻る方法を知っていますか」
「さすがにわかりかねます」
「そうですか」
キシスはコウキに目を向ける。
「どうしてオレを見るの?」
「コウキは仕官の話をどう思いますか?」
「自分のことでしょ、自分で決めてよ。もっとも、オレとしてはキシスさんと一緒にいたいけどね。ある意味、同郷なわけだし」
「コウキはこれからどうするのですか?」
「そうだねえ」
これといってやることもない。テンプレに従うなら旅という気もする。
ふと、アレストの遺品である小袋を思い出した。
「探したい人がいるから、まずは人探しだね」
「そうですか」
キシスはリンズワルムの方を向く。
「しばらく答えを保留させてもらっていいですか? それと、元の世界に戻る方法について文献などを調べていただけますか?」
「構いません。良いお返事をお待ちしています」
「オレの人探しを手伝ってくれるってくれるの?」
キシスに聞く。
「はい」
どうしてここまでかまってくれるのか。
さすがに、惚れられたということはないはずだ。
「じゃあ、一緒に行こう」
リンズワルムたちに背を向け扉に向かう。
その扉が勢いよく開いた。
「急報につき、失礼致します」
軽装の兵士が入ってくるなり、膝をついた。
「ただいま、マイセズ砦にフレイムアントの群れが襲来しました」
「なんだと!」
背後でゴットノートが大声を出した。
「至急、救援を求むとのことです」
「ゴットノート」
リンズワルムが短く言う。
「はっ! 援軍に向かいます」
答えてからゴットノートはキシスを見た。
「私も行きましょう」
「じゃ、オレも」
呑気に人探しをしている場合ではなかった。
かき集めた兵士は十人に満たなかった。
先を急ぐということで、この兵でひとまず向かうことになる。
屋敷を出て全員で走る。
「この世界に、馬はいないのか?」
息切れしながら前を走るゴットノートに聞く。
「ウ、マ? ですか?」
聞くだけ野暮ということだった。いるなら初めから用意されていただろう。
結局、ゴットノートと兵士たちは先を急ぐことになった。コウキは息切れしたまま歩く。隣には平気な顔をしたキシスがいた。
「先に行っても良かったんですよ」
「ヘイスレン村でのこと、忘れたのですか」
「まあ、そうだけど」
キシスはコウキを一人にしたことを後悔しているようだった。
その一方で、守ってもらわなければならない自分が嫌いになりそうだった。
マイセズ砦に近づくと煙が立ち上っているのが見えた。
太陽は地平線の向こうに半分隠れ、夕焼けになっている。兵士の声や、武器の音がしない。最後の力を振り絞って走った。
マイセズ砦の橋は上がっていた。
ところどころに兵士が倒れ、大きなアリがひっくり返っている。ほとんどは頭がなく、別の場所に頭だけが転がっていた。
「大丈夫?」
コウキは倒れた兵士に近づく。
右足の膝から下がない。
この世界に来てから、残酷な場面に何度も出くわした。少しは耐性がついたのか物怖じしなくなっている。
「ああ、問題ない」
兵士の声は、そこまで深刻なものではなかった。
不思議と出血が少ない。
よく見ると、切断された足は黒く変色し、ヒビが入っていた。
アレストの左手と全く同じだった。
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