13 マイセズ砦―――――――奴らの悪意

 朝早くにゴットノートに起こされた。

 眠い目をこすりながら、準備を済ます。


 昨日はどこにも見当たらなかったキシスは、家の外で待っていた。


 村の入口まで歩くと、村長のソウカイルが立っていた。


「もう少し、ゆっくりなされても良かったのに」

「同感」

 コウキはあくびをしながら答えた。


「こちらも急ぎますので、それでは」

 ゴットノートは足早に村を出た。


「それじゃあ」

 ソウカイルに手を上げ、ゴットノートの後を追う。


「なんだか、強行軍だね」

 隣のキシスに話しかける。


「そうですね」

 キシスの様子もおかしいような気がする。


「もしかして、なんか怒ってる?」

「そう思いますか?」


「というか、二人共何か隠してない?」

 二人は無言だった。


「まあ、いいや」

 追求する元気もないので、黙って歩く。

 とにかく、もう少し寝たい。


 来た道を逆にたどる。

 昼前にはマイセズ砦に着いた。川の手前で足を止める。


「で、少しは説明してくれない?」

 ゴットノートの指示で跳ね橋が下りるのを待つ。眠気はすっかりなくなっていた。


「コウキどのは、危ない所だったのですよ。気づきませんでしたか」

「まあ、ゴブリンの群れに囲まれたときは、確かに危なかったね」


「どうして、そうなったか考えましたか」

 今度はキシスが聞く。


「どうしてって、ゴブリンに見つかったオレが悪いって言いたいの?」

 少しだけムッとする。


「その手前のことです」

「森に入ったのがまずかったって? 確かに森にはモンスターがいるだろうけど、仕方なかったじゃん。子供がさらわれたんだから。あれ? 結局子供はどうなったんだろ?」


「コウキ。村に子供がいるのを見ましたか?」

「いいや、そういやあんまり見なかったね」

 初めの印象は辛気臭い村だった。子供の遊ぶ姿を見なかったのが原因かもしれない。


「あの村に子供は一人もいませんよ」

 キシスの指摘はぎょっとするものだった。


 跳ね橋が下りきり橋となる。無言で渡った。


「詳しく教えて」

「まず、ゴブリンが人間の子供をさらうというのは全くないとは言いませんが、稀な話です。ゴブリンとは言葉を交わすことはできませんが、互いに警戒しながら付き合える隣人なのです」

 ゴットノートは諭すように話した。そんなゴブリンを全滅するよう才蔵に頼んでしまった。何かとてもまずいことをしたのではと手が震える。


「でも、ゴブリンの巣窟には骨があったよ?」

「森には小型のモンスターもいます。ゴブリンは主にそういったものをとらえて食すようです。もちろん、骨もあるでしょう」

 コウキは口をきつく結んだ。


「ヘイスレンの村は非合法だと言いましたが、覚えていますか」

「アルブワイル領が、これ以上領地を広げないっていう方針に背く村ってことだよね」


「はい。それは言うまでもなく開拓が危険だからです。最前線の村は特に危険がつきまといます。そんな村に子供を置いておこうとは思いません」

「つまり、出稼ぎの村です」

 キシスが付け足した。


 言われてみれば、理にかなっている。子供の姿を見なかったのは自然なことだった。


「彼らの子供と両親は、主にこのマイセズ砦の内側にいます」

「子供を祖父母に預けて、両親はあの村へってことか。でも、確かに子供がさらわれたって言ってたよ?」


「それは嘘ということです」

 キシスは冷たく言った。


 どうして嘘をつく必要があったのか、コウキの頭は回転を始める。


 あの朝、家にはキシスもゴットノートもいなかった。それ自体おかしいことだった。


「もしかして、二人共あの時いなかったのは」

「私とゴットノートさんはモンスターが出たので、協力して欲しいと村の外に行っていました」

「コウキどのを置いて行ったのは失敗でした」

 村人たちは分断を図っていた。


 昨日の宴会のときに見た村人の笑顔が頭に浮かんだ。

 今は違うものに見える。


「駆けつけるとモンスターは逃げたらしいということでした。村に戻るとコウキが一人で森に入っていったと言われ、探すことになりました」


 キシスの不機嫌さには、騙されてしまった自分への憤りがあるのかもしれない。コウキは頭を振る。もちろん、迂闊な行動を取ったコウキに対しての怒りもあったはずだった。


「なんだか……すいません」

 コウキは頭を下げる。


「いえ、こちらも迂闊でした。コウキどのを餌にして、我々をゴブリンの洞窟に誘うつもりだったのでしょう」

 はっと息を呑む。


 村人たちはゴブリン全滅を聞くと歓声を上げた。それはゴブリンが目障りだったことを証明していた。


 コウキとキシス、ゴットノート。三人の中で、キシスとゴットノートは明らかに強そうな格好をしている。対して自分はひ弱に見えたことだろう。


 さらにコウキはアレストのことを聞いて回った。

 村人たちはことごとく、いい顔をしなかった。


 キシスはアレストのことを聞くのは良くないと言った。アレストが罪人なら村人たちに何らかの危害を加えていたのかもしれない。よく思わなくて当然だった。


 ひ弱そうで、罪人アレストのことを聞く村外の人間。

 そんな快く思わない男を邪魔なゴブリンの元に置き去りにする。残り二人が餌となったひ弱な男を探し、あわよくばゴブリンを倒してくれるかもしれない。


 最初の夜、呑気に寝ていた間に村人たちが考え出した罠だったのだろう。


 すでにマイセズ砦は遠くに見える。

 走り出して、ヘイスレン村に行って怒鳴り込みたい衝動に駆られる。


「戻っても、できることはありませんよ」

 キシスが言った。


「わかってる」

 村人たちの罠を証明するようなものは何もない。糾弾したところでシラをきられればそれでおしまいだ。


 キシスたちの後に続いて歩く。


 またしても宴会の場面が思い浮かぶ。


 裏切られたことに対する憤りの気持ちは確かにある。


 村人たちが快く歓迎してくれた笑顔の裏には、どす黒い感情があった。言いしれぬ恐れが遥かに勝った。


 あの村を訪れることは二度とないだろう。

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