12 ヘイスレン村――――――異世界でもお酒は二十歳になってから?
洞窟を出てしばらく進むと、村人たちに会った。
「ああ、無事でしたか。すみませんでした、あの後すぐにゴブリンに襲われたもので」
リーダーと思しき男が謝ってきた。
「いや、それならしょうがない。それより、そっちも無事で何より」
「ところで、ゴブリンの洞窟から出てきたように見えましたが」
「ああ、このマッチョ忍者の」
そう言って才蔵の方を向くと、そこには姿がなかった。
あたりを見回しても、見つけることができない。
「他に誰かいたのですか?」
「うん、どうやら恥ずかしがり屋みたいで……後で紹介するよ」
「その人とゴブリンの洞窟に入ったのですか」
「そうだけど」
「よくご無事で」
「ああ~……というか、その人がゴブリン全滅させちゃったんだよね」
「え? 本当ですか」
「うん」
村人たちの驚きは相当なものだった。
リーダーは頭を振って指示を出す。
武器を持った他の村人たちが警戒しながら、洞窟に入っていく。
「そういえば、洞窟の中に子供はいませんでした」
「あ、ああ。そうですか。ありがとうございます」
リーダーの動揺はまだ収まっていなかった。
「コウキどの、無事でしたか」
ゴットノートが駆けてきた。
やっと顔なじみの姿を見れて、ホッとする。キシスも後ろからゆっくり歩いてきた。急ぐ様子はない。そこまで心配されてないのかな。
「いやあ、良かった。それで、どうしてこんなところまで」
「どうしてって、子供の救出に来たんだよ。ゴットノートさんたちも?」
なぜかゴットノートはリーダーを睨んだ。
リーダーはそっぽを向くと洞窟に入っていった。
「ひとまず無事なら結構です。ところで、あの洞窟は」
「ああ、ゴブリンの巣窟」
「なんですと」
村人と同じような驚き様だった。
「しかし、先程村人たちが」
「ああ、三人目のマッチョ忍者がいてね」
「マッチョとは?」
「ごめん、忘れて。とりあえずオレとキシスさんと同じ三人目が、ゴブリンを全滅させたから」
「全滅!?」
驚かれてばかりだった。
まるで自分の偉業のように感じるが、実際には傍観者でしかない。自身の不甲斐なさが身にしみる。
「確認してきます。キシスどのはコウキどのをお願いします」
「先に村に帰っていますよ」
キシスが言う。
ゴットノートはうなずいて洞窟に入っていった。
「そんなに、すごいことなのかね」
キシスは答えることなく、背中を向けた。
コウキは後を追う。
「三人目は才蔵っていう名前で、忍者なんだってさ」
「ええ、私も先程会いました」
「あ、そう」
なぜかキシスの機嫌が悪そうだった。
「それじゃ、どうやら向こうの世界で死んで、こっちに転生したらしいってのも聞いた」
「いいえ……そうですか」
それだけ言うと、キシスは黙った。
これといった反応はなかった。
村に到着してすぐに村人とゴットノートも帰ってきた。
村にとってゴブリンの存在はかなり目障りだったらしい。
全滅の知らせを聞くと、村人たちは歓声をあげた。才蔵が姿をくらましたので、ゴブリン掃討の手柄はコウキ一人が手にすることとなった。そこからは宴会が始まる。
日が落ち始めた。村の中心に椅子や机を運び出し、食事に酒が運ばれる。コウキは上座に座らされ、横には村長のソウカイルが座った。一応、未成年だとコウキは酒を断り、食事に手を付ける。自分は何もしていないが、悪い気分はしない。食えるものなら食ってしまえと口に運ぶ。
ただ、運ばれる料理は気になった。野菜や穀物はともかく、肉を見ると手が引っ込む。数多のゴブリンの死体を見てから、時間は経っていない。なんの肉かもわからない。野菜と穀物、芋だけを選んで食べた。
満腹になって、椅子により掛かる。村人たちは変わらず騒いでいた。あたりはすっかり暗くなっている。
一緒に食卓を囲んでいたはずのキシスとゴットノートがいなかった。食事中、ゴットノートはムスッとしており、キシスも楽しそうな顔はしていなかった。もっとも、キシスについては、いつもどおりということもあったが。
腹ごなしに村を歩こうと席を立つ。
宴会の初めの方は、村人にしつこくゴブリン掃討について聞かれたが、もはや誰も気にしていない。結局、誰が掃討したのかは重要でなく、掃討された事実が嬉しいということなのだろう。そもそも、称賛されるべきは才蔵なので、コウキとしても気が楽になった。
ぶらぶらとするものの、キシスもゴットノートもいない。
宿泊所になっている家に戻ったのかと、覗いてみる。
ゴットノートの部屋をノックした。
「はい」
中から声がする。
「コウキだけど。今いい?」
「どうぞ」
外の喧騒とは違い。声に浮かれるような感じはない。
「何かあったの?」
「いえ、特には」
ゴットノートは平静を装う。何か隠しているような気がしてならない。
「キシスさん、知らない」
「いえ、私は早めに切り上げたので。宴会は楽しかったですか?」
なんだか棘のある言い方だった。
「まあ、それなりに。というか、オレが掃討したわけではないから、素直に喜べないってこともあるね」
「才蔵どのですよね……早くお会いしたいです」
少しだけ、ゴットノートの顔がほころんだ。
「絶対にビビるから」
「ビビる?」
「ああ、驚くってこと」
「明日朝早くに村を出るつもりなので、早めに休息をとっておいてください」
「ずいぶん急ぐんだね」
「コウキどのは、一刻も早く冤罪を晴らしたいとは思わないのですか」
「そうだった」
シュークレアじいさんの顔を思い出す。現状、罪人という立ち位置に変化はない。
「ちなみに掃討したのは才蔵さんだけど、オレの疑いは晴れるかな?」
「少なくともゴブリンはいなくなりました。仮にコウキどのがアルブワイル領に害をなすつもりなら、矛盾した行動でしょう」
「そうだね。じゃあ、また明日」
「はい」
ドアを締めて、家を出る。いまいち寝る気にはならなかった。
結局、キシスを見つけることはできなかった。
仕方なく帰ろうとする途中で、酔っ払った村人につかまった。宴会会場に引きずり込まれそうになる。
「コウキさん、良ければこちらへ」
家の戸口からおばさんが呼ぶ。
「はいはい、お前らはあっちで飲んでこい」
酔っ払いをかわして、おばさんの方へ向かう。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、構いませんよ」
おばさんは笑った。
しばらく、避難するつもりでお邪魔することにした。
「宴会のときは、いつもこんな感じ?」
「ええ、大体は。私はあまり、ああいうのが好きではないので」
「同じく」
促され椅子に座る。机にはろうそくが置かれていた。
「どうぞ」
コップが運ばれた。
「すいません」
お茶に似た飲み物で、何かの草を煎じたものだろう。特に話があるわけでもないので、時間を埋めるようにお茶をすする。
「あの、お聞きしたいのですが。兵士の方のお名前はゴットノートさんで合っていますか」
「うん。それが、何か?」
「いえ、知り合いと似ていたもので。たぶん人違いですね」
ふと壁にロープのようなものが何本か垂れ下がっているのを見つけた。
「あれは?」
「ああ、ここら一帯で良く使うメッセージです」
席を立って、近づいてよく見る。
ロープには結び目がいくつもついている。どれも変わった結び目だった。
「結び目に意味があるってこと?」
「ええ、左の一番上のものは『感謝』で、その下が『お願い』です。相手が了解したら、それをほどきます」
「へえ、おもしろい文化だね」
コウキは思い出し、懐を探る。
「これは、どういう意味かな」
手にはアレストが遺した小袋があった。
小袋の紐にも奇妙な結び目があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます