11 洞窟――――――――――危急の蛮行

 ゴブリンは洞窟に逃げ込んだ。

 忍者はすみかに案内させるために、一匹だけ残したようだ。


 洞窟の近くの岩の陰に身を潜める。

 しばらくは歩くこともできそうにない。


「だらしないであるな」

 マッチョが言う。


 コウキは息を整えようと、呼吸に集中する。いちいち突っ込んでいられない。


 周囲にゴブリンの気配はなかった。警戒しつつ、色々と聞いておいた方がいい。


「オレはコウキ。あんたは?」

「霧隠才蔵である」


「本名は?」

「霧隠才蔵である」

 結構やばいヤツかもしれない。


「日本人ではないんでしょ?」

「霧隠才蔵である」

 壊れたロボットのようだった。


「了解、了解、才蔵さんね」

 正直、本名など確かめようがないので自称でいい。そもそも、自分も本名ではなくペンネームではあるし。


「才蔵さんが三人目ということだよね」

「いかにも」


「この世界に来るときに願ったのは、忍者になること?」

「いかにも」


「今までどこにいたの?」

「拙者は忍者だ」


「だから?」

「忍者は表ではなく影に生きる」


「はいはい。そうだ、聞いておきたいんだけど、元の世界で死んだ記憶ってある?」

「ああ」


「そっか。やっぱ転生だったか」

 コウキに記憶はない。しかし、自分が死んだかもしれないということは嬉しいことではなかった。


「日本の話でもする?」

「それを待っておったぞ!」

 歓喜して立ち上がる。


「だが、それは後の楽しみにとっておくとするか」

 急に才蔵は真面目な声を出す。


「あちらを先にどうにかしたほうがいいだろう」

 洞窟を指さした。


 マッチョ忍者の衝撃で、うっかり忘れていた。

 子供がさらわれたので、追跡している途中だった。


「確かにそうだね」

 息も整いつつある。


「才蔵さん。お願いしてもいい?」

「構わぬ、言ってみろ」


「村の子供がゴブリンに連れ去られたらしいんだ。正直、オレでは何もできそうにない。あの洞窟に入って子供を助け出してくれないか」

「コウキはどうするのだ」


「邪魔と言われても、一緒に行かせてくれ」

「わかった」

 岩の陰から出て、洞窟に向かう。


 穴の奥を覗く。

 松明のようなものが地面に置かれ、明かりの役割をしているようだ。


「行くぞ」

 才蔵が言うのでうなずく。


 てっきり、ゴブリンを追うときのように、どんどん先に行ってしまうかと思っていたが、才蔵は忍び足でゆっくり進んだ。


 奥からなにやら声がする。何匹ものゴブリンの声だった。相談でもしているのかもしれない。


「コウキ。お主は何を望む」

「何って、子供の救出だよ」

 ひそひそと話す。


「拙者なら、ゴブリンどもに気づかれずに子供の救出ができる」

「つまり、ゴブリンを放置するかどうかってこと?」


「そうだ」

 コウキはしばらく考える。


「村に危害が及ぶようなら、退治した方がいいと思う。そもそもゴットノートさんだってそれが目的だし……才蔵さんはどう思う」

「拙者はお主の指示に従う」

 キシスさんと言い、どうしてここまで従ってくれるのか。


「やろう。というか、お願いします」

「承知」

 才蔵は目の前から消えた。


 奥でゴブリンの断末魔の声が聞こえてくる。

 指示を出した者として見ておくべきだと考えた。コウキはあたりを警戒しながら奥へ向かって走った。


 開けた空間が現れた。

 何体ものゴブリンの死体が転がっている。


「ショーテーイ!」

 才蔵が掌底を繰り出すと、ゴブリンの頭が弾け飛んだ。


「オレの知ってる掌底ではないな」

 コウキは少しでも明るく振る舞おうとつっこむが、惨状に尻込みする。血の海は広がり、肉の塊が増えていく。


 ついに最後の一匹が壁に叩きつけられ、内蔵を晒した。

 狭い空間だったので、才蔵は格闘に徹したようだ。なぜ自分にこのような力がないのか、悔しい思いがこみ上げる。


「子供を探そう」

 恐怖と興奮を抑え込んでコウキは言った。


「承知」

 死体が転がる広間からは、奥に向かって何本かの道があった。全てを確認しようと進む。


 奥には部屋があった。家具のようなもの、ベッドのようなもの。全ての部屋にはゴブリンの生活があった。


 道を戻る度、広間を目にすることになる。死体を見ては生活の空間を見る。自分たちの行動を責められているような気がした。


「子供はいないね」

「そうであるな」


 ふと広間の奥に焦げた跡を見つけた。炊事の場かもしれない。

 近づくとそばに骨が積まれていた。


 コウキは胸を掴んで膝をつく。


「大丈夫か」

 呼吸が荒くなる。


「ええ」

 なんとか立ち上がる。


 肋骨のようなもの。すねや上腕のような骨がある。人間の頭蓋骨と思しきものはなかった。

 連れ去られた子供のものとは限らない。


「ひとまず、村に帰ろう」

「承知」

 軽口を叩く気分にはなれない。


 広間を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る