10 森の中―――――――――主食はプロテイン

 朝、騒がしい声に目が冷めた。


 部屋を出て居間に向かう。

 キシスもゴットノートもいなかった。

 さすがに朝、女性の部屋をノックする勇気はない。ゴットノートの部屋をノックして開ける。


 ゴットノートはいなかった。


 仕方なく家を出る。

 村人が慌ただしく行き交っていた。


「何かあったの?」

「ああ、それが……」

 男が言葉を濁す。


「いいから話してくれ」

「朝起きたら、子供が一人行方不明になったようで」

 村人の中には剣や槍を持った者までいる。


「これから捜索?」

「はい。この村の周囲にはゴブリンが住んでいて……ゴブリンは頻繁に子供をさらって食べるんです」

 背中にゾクリとした感覚がした。


 コウキはすぐに部屋に戻って、装備を整え外に出る。


「オレも捜索に行く。案内してくれ」

「でも、お客人に手伝ってもらうのは」


「いいから早く」

 村人たちは顔を見合わせる。


「それでは、私達と一緒に来てください」

 武器を手にした男たちに従い、森に向かって駆け出した。


 下草はそれほど生えておらず、足を取られることはない。

 徐々に木々に囲まれ、光が少なくなってくる。道なき道を進むのが怖くなってきた。


「ここから先は慎重に進みます」

 リーダーらしき男が振り返り、走るのをやめた。


 歩きながら周囲を警戒する。自然と物音を立てないように、静かに進む。


 村の男たちは全員が槍を持っていた。ふと、自分が何も持っていないことに気づく。丸腰はさすがに危険だ。


 コウキは闘技場のことを思い出した。

 ゴブリン相手なら格闘でも対応できる。あくまで村人の援護に徹しようと決めた。


「ここがいいでしょう」

 リーダーは言うと、身をかがめた。全員でそれにならう。


「コウキさんは、この木に隠れて待っていてもらえますか。合図を出しますので」

「わかった」


 コウキを残し、他の全員はそれぞれ別の場所に消えていった。


 木に全身が隠れるように小さくなって合図を待つ。

「てか、合図ってなんだ?」


 何か口笛のようなものでもあるのだろうか。

 森の中、丸腰で一人というのはさすがに怖い。


 泊まった部屋の住人は全員殺されたと聞いた。


 ザッと草を払う音がした。すぐ近くだった。


 きっと合図だろうと、木から躍り出る。


 そこには一匹のゴブリンがいた。


 小さな草の音が合図なわけがない。恐怖に負けて、都合よく考えてしまった。


「ゴブリンだぞ」

 コウキは大声で叫ぶ。


 仕方なく、こちらから村人に合図を出す。


 ゴブリンは怯んで、一歩下がる。

 他に仲間はいないようだった。手にはナタのようなものを持っている。先制攻撃をした方がいいだろうか。


 互いに睨み合っていると、周囲に気配がした。


「とりあえず、ゴブリンは一体だけだ。対処をお願いしてもいい?」

 ウギャッと音がする。


 聞き覚えのある音だった。

 闘技場でゴブリンが良く発していた声だった。


 ゆっくり周囲を見回す。

 木々の陰には多くのゴブリンの目があった。


 気づくと、対峙していたゴブリンは消え、遠巻きにゴブリンの群れに囲まれている。


「やばくね?」

 村人の到着よりゴブリンの方が早かった。


 もしくは村人も、このゴブリンにやられたのか。援軍を期待するより、自分でできることを探すべきかもしれない。


 そばにあった木に登ろうと抱きつく。

 見上げると、はるか上に枝があった。とても届きそうにない。


 何もなかったように木から離れる。


「いよいよ、やばくね?」


 地面に転がっているのは細い枝だけで、武器になりそうなものはない。闘技場と同じように格闘で対処するべきか。


 ギャッギャッと声が徐々に近づいてくる。

 何匹かのゴブリンが木の影から出てきた。


 頭には大きいクワガタのような兜をかぶっている。

 胸や肩にも同じような黒光りした防具をつけていた。打撃ではダメージを与えられないかもしれない。


「構うもんか。ボッコボコにしてやんよ」

 気合を入れようと大声を出す。


「それは、どうかな」

 いきなり後ろから声がする。


「うわっ」

 コウキは驚いて飛び退いた。


「へっ、変態!?」

 後ろにいた人物の特殊な姿に驚いた。


「さすがに、それはショックであるな」

 男はシュンとして肩を落とす。


「マッチョ忍者!」

 黒装束を着て、背中に刀の柄が見える。ここまでは問題ない。


 半袖とハーフパンツの黒装束はパツパツで、筋肉がはみ出している。コウキが抱く、忍者のイメージとはかなり違っていた。


「やはり、お主は日本人であるか?」

 忍者は言った。「日本人」という単語が心に響いた。異世界にいることを実感させられつつ、懐かしさもある。


「てか、あなたは外国人ってこと?」

「拙者が聞いておる。お主は日本人であるか?」


「そうだけど」

「やはり!」

 なぜかマッチョは歓喜する。


 ウギャ、ウギャッと声がした。

 慌てて周囲を確認する。ゴブリンたちは、いきなり現れた忍者に驚いているようだ。先程より遠巻きに包囲している。それぞれ顔を見合わせ、何かコミュニケーションを取っているようだった。


「ぜひ、日本の話しを聞かせてくれないか」

 忍者の興奮は収まっていない。


「それどころじゃないから」

「? どういうことであるか?」

 マッチョは首を傾げる。


「ゴブリンの群れが見えないの?」

「見えておる。だから、何だと言うのだ」


「先に、アイツらをなんとかしないと」

「放っておけ。それよりこちらが先だ。お主、忍者についてどこまで知っておる」

 埒が明かない。


「よし、こうしよう。この状況から助けてくれたら、いくらでも会話に付き合ってあげるから」

「その言葉、忘れるでないぞ」


 忍者が右手を上げると、スチャッと音がする。

 人差し指と中指を立てており、そこにはドーナツのような物が引っかかっていた。


「チャクラム? てか円月輪か?」

「さすが日本人であるな」


「いや、その武器を知っていることと、日本人ってのは関係ないんだけど」

「お主との会話が楽しみである」

 言っている最中に、無造作に円月輪を投げる。


 投げるというよりは、くるくる回していたときにすっぽ抜けるという方が正解な気もした。


 キィーンと高い音を出して円月輪は闇に消えていった。


「失敗? 結構高そうなものなのに。もったいない」

「何を言っておる」


 ギャッと低い声があちこちで上がる。

 見ると、ゴブリンの首がポンポンと飛んでいった。血しぶきを上げ、残された胴体は倒れていく。


「うう、阿鼻叫喚」

「おおっ! 四字熟語!」

 マッチョは再び歓喜した。


 キィーンと再び高い音がすると円月輪が戻ってくる。するっと忍者の指に収まった。


「どういう原理?」

「忍術の一つである」

「うそつけ」


 ギギッと声がした。

 見ると一匹だけゴブリンがへたり込んでいる。


「一匹やりそこねてるよ?」

「いや、あれは残したのである」

 ウギャと発して、ゴブリンは逃げ出した。


「さあ、追うぞ」

 忍者は瞬時に消えた。


 あたりを探すとゴブリンの頭上の枝に、さかさまになっている。


「マジか」

 コウキは慌てて後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る