9 ヘイスレン村――――――ヘイスレン村殺人事件

 森に入ると道は更に険しくなる。

 地平線に近づきつつある太陽は木々に隠れ、光はほとんど入ってこない。肌寒さを感じた。


 木の根をまたぎながらしばらく進むと、開けた場所に出た。

 柵で囲われた中に、ところどころに家が立ち並んでいる。家は土塀と藁葺き屋根の簡素なものだった。


「ここがヘイスレン村です」

 ゴットノートが額の汗を手で拭った。


「もう歩きたくない」

 コウキはその場でへたり込む。


 近くにいたおじさんが近づいてきた。

「あんたたち、なんの用だ? 森から来たわけではないよな?」


「はい。アルブワイル領から来た者です。ゴブリンの活動を調査するために来ました」

 ゴットノートが答えると、おじさんは眉間にシワを寄せた。


「調査……ねえ。とりあえず、ここで待っててください、村長を呼んできます」

 おじさんは背を向けた。


 村は静かで、人の気配があまりしない。

 森を切り開いた場所とは言え、森に囲まれていることに変わりはない。閉鎖された感覚がある。


「連続殺人事件でも起きそうなところだな」

 すぐにおじさんは村長らしき老人を伴ってやってきた。後ろには、ぞろぞろと村人がついてきている。


「私が村長のソウカイルです」

「アルブワイル領のゴットノートと言います。お話ししたいのですが、どこか場所はありますか」

「では、こちらへ」


「オレ、参加しなくても大丈夫だよね?」

 コウキはゴットノートに聞いた。


「ええ、村にいてもらえれば大丈夫です。キシスどのは?」

「コウキについています」


「わかりました」

 ゴットノートはソウカイルと何人かの村人とともに、大きな家に入っていった。

 その場に残った村人たちは、各々来た道を引き返す。


「あ、ちょっと待って」

 立ち上がりながら、全員に向かって話しかけた。


「この中でアレストのこと知っている人いない?」

 村人たちは顔を向けるものの、誰一人口を開かない。


「あれ? おかしいな、この村の出身のはずだけど」

 小さな村だ。知らないというのはおかしい。


「ねえ、お兄さんアレスト知ってる? オレより少し年上ぐらいの人なんだけど」

 近くにいた男をつかまえて聞く。目は合っているのに答えない。


「おーい。真っ昼間からラリってるのかー?」

「村長に聞いてください」

 それだけ言うと、帰っていった。他の村人もそれに続き、周囲からは誰もいなくなった。


「モブでも、もう少し良い対応するぞ」

「アレストさんのことを聞くのは、よくないかもしれません」

 キシスが言う。


「どうして?」

「彼は罪人だったのでしょう?」


「オレにとっては、命の恩人だから」

 村人に逃げられた後はやることがなくなり、キシスと村を一周する。


 柵は家が密集していた場所から出ると途切れた。

 村の外には畑があり、溝という程度の堀で囲われている。森の中の小さな畑だった。


 村の入り口まで戻ってくると、ゴットノートとソウカイル村長が待っていた。


「村長さん。アレストのこと教えて」

 すぐに切り出すと、ソウカイルは眉をひそめた。


「お知り合いですか」

「まあね……というか、こっちの質問に答えてよ」


「アレストは……少し前に村を出ていきました。その後のことは知りません」

 どうやら、村人と同じくあまり話す気はなさそうだ。


「それなら、家族はここにいる?」

「なぜですか」


「だから、聞いてるのはこっち」

「アレストと一緒に出ていきました」

「あ、そう」

 これ以上聞いても情報は得られそうにない。家族がここにいないと知れただけ良しとすべきか。


「ゴットノートどの、今日はこれからどちらへ」

「近くで野営の予定です」

 ソウカイルとゴットノートが話す。


「でしたら、村に泊まっていきませんか? この村のことをもっと知っていただきたいですし」

 ゴットノートは顎に手をやる。気の所為かソウカイルを見る目が険しい。


「わかりました。泊めていただくことにしましょう」

 ゴットノートがコウキたちを見る。


「二人は、よろしいですか?」

「オレはいいよ」

「私も構いません」


 全員が賛同したので、ソウカイルは先に立って案内した。


 村外れの土塀の家に通される。

 床は外と地続きになっていて、靴のまま入った。それなりに広さはあるようで、部屋もいくつか見える。


「こんな小さな村に宿泊施設があるとはね」

 コウキは思わずつぶやいた。


「いえ、この家の住人たちは、つい先日全員モンスターに殺されました」

「おうふ」

 やはり安全な村ではないようだ。


「後でお食事を運びます」

 そう言ってソウカイルは出ていった。


 無事に朝を迎えられるか不安だ。


 心配をよそに長時間の疲れからか、すぐに深い眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る