8 マイセズ砦―――――――♪丘を越え行こうよ♪
いい加減行きましょうとゴットノートにせかされ、出発することになった。
食料や水は途中で確保できるということで、荷物は最小限だった。
その荷物もゴットノートが持ち、コウキは手ぶらのまま歩く。城壁に向かう石畳の道は真っすぐ伸びていた。
「結局ついてくるのはゴットノートさんだけなの?」
「ええ。他の兵士を連れて来ても意味はないですから」
「でも、モンスターと戦う可能性もあるんでしょ?」
「余計に人数をかけない方がいいですね」
「どうして?」
「キシスどのがいれば、全て対処できると思います。逆にキシスさんに対処できない問題なら、この領内で対処できる人物はいないでしょう」
「なるほど」
「それと人数を増やすほど犠牲も多くなります。足手まといは少ない方がいいです」
「少数精鋭ってことか」
言った後で、自分は精鋭に入っていないのだろうなとコウキは思った。
「そういえばキシスさんは、その格好でこの世界に来たの?」
鎧と剣、どちらもゴットノートのものより豪華だ。
「ええ」
「オレはどんな格好をしてたんだろ。まさか裸ってことはないよね……ゴットノートさんは知ってる?」
「見たことのない服を着ていたと」
「ちなみに、どんな服?」
「詳しくは知りません」
「まさか部屋着だったりして……恥ずい。それで、その服はどこにいったの?」
「さあ」
「長年愛用した部屋着が……じゃあ、スマホはあった?」
「スマ……? なんですか」
「スマートフォン。手に収まるぐらいの板みたいなものなんだけど」
「聞いていません」
「電波がないのだから意味はないと思いますが」
キシスが横槍を入れる。
「そうなんだけど、せめてこの冒険の記録を取っておきたくない? 帰ったときに小説として投稿できるかもしれないわけだし」
「そういう気持ちはあるということですか」
「もちろん」
「……そうですか」
キシスは妙に引っかかる言い方をした。
「あ、ちなみに結局、転生なのか転移なのかどっちなの?」
キシスに聞いたつもりだったが、無視された。
「お~い。キシスさ~ん? 聞いてる?」
「私ですか? その転生と転移というのはなんですか?」
「簡単に言うと死んで別の世界に行くのが転生で、生きたまま別の世界に行くのが転移。これ必須の知識」
キシスはコウキを見たまま黙った。
「正直、こちらに来る前の記憶は曖昧なのです」
「え? 実はキシスさんも記憶喪失?」
「いいえ、どうしてこんなことになっているのか、はっきりわからないというだけです」
「つまり、死んだかどうかわからないと?」
「はい」
「じゃあ、三人目に聞くしかないか」
会える保証は全くなかった。
城壁までやってくると、見上げるほどの大きさがあった。
壁は一定の高さを保ったまま、街を包み込むように建てられているようだ。城門の前には、人だかりができている。荷車を引く行商人のような者、くわのようなものを持った農民風の者もいた。
ゴットノートが通行証のようなものを衛兵に見せると、すぐに門をくぐれた。
そこから先は、さすがに石畳とはいかないようで、土がむき出しになっていた。両側には柵で囲まれた田畑が広がっている。
「ところで、オレたちが行く先はどんなところなの」
ゴットノートに聞く。
「ヘイスレンという小さな村です」
「え? ちょっと待って。ヘイスレン?」
聞き覚えのある名だった。
すぐに思い当たる。この世界に来てから村の名は一度しか聞いたことがない。
「アレストの故郷だ」
「どうして、知っているのですか」
ゴットノートが聞いてくる。
「闘技場で命を助けてもらったんだけど……その人の故郷が確かヘイスレンだった」
「そうですか」
懐に入れているアレストの小袋を意識する。遺族に渡す機会があるかもしれない。
闘技場でのことが思い出されると、不思議に感じることがあった。
アレストはどうして闘技場にいたのか。死罪を求刑されるほどの極悪人には見えなかった。
「そういえば、ゴットノートさん。どうしてオレは闘技場に送られたの」
「それは領主様との会談の際にお話したではありませんか」
「いや、そうじゃなくて。ここの領地では罪を犯すと必ず闘技場に連れて行かれるのかってこと。普通に服役とかじゃないの」
「そのフクエキというのはわかりませんが、通常は他の処罰が下ります」
「じゃあ、どうして」
「詳しい経緯はわかりませんが、もしかすると公開処刑の期日が迫っていたというのはあるかもしれません」
「公開処刑って、闘技場でやってたこと?」
「はい。モンスターを生け捕りにするのは難しいのです。また、モンスターを生かしたまま捕らえておける期間も限られます。そのため、すぐにでも公開処刑を開催する必要があるというのが現実です」
「もしかして、オレは数合わせ?」
「そうですね。あまり少人数だと盛り上がりにかけるということもありますし」
「この世界の倫理観はどうなってるんだ。というか、たまたまモンスターが捕まらなければ、闘技場に行かずにすんだってこと?」
「そうなりますね」
「誰だモンスターを生け捕りにした奴は? 普通に退治してくれればいいものを」
「そこにいますよ」
ゴットノートはキシスを指さした。
「あ! モンスターの襲来があったとき、キシスさんが迎撃したって言ってた、アレ?」
「はい。その時、キシスどのがモンスターを何匹か昏倒させていたので、捕らえて公開処刑が行われることになりました」
「謝罪した方が良いですか?」
キシスは悪びれることなく聞く。
「形だけの謝罪なんていらないよ。それにどちらかというと、この世界のイカれた倫理感が悪いわけだし、そもそも冤罪をふっかけてきた、あのじいさんが一番悪い」
「シュークレアどのですね」
「そうそう、シュークリーム。ああ、なんだか急に甘いものが食べたくなってきた」
ひたすら文句を並べながら歩くと砦が見えてきた。
近づくと川の手前に砦が築かれ、道を塞いでいる。
さすがに城壁を建設する余裕はないようで、川が壁の変わりをしているようだった。川のこちら側には、木でできた柵のようなものが並べられている。ゴットノートが言うには地名を取ってマイセズ砦というらしい。
太陽は天頂を過ぎて、傾き初めていた。
「もうダメ。歩けない」
コウキが弱音を吐く。
「そうですね。ここで長めの休憩としますか」
「賛成」
砦の周辺は小さな街となっていて、店もいくつかある。ゴットノートの案内で店に入って、料理を楽しんだ。
食後に砦の城門に向かう。
城壁のときと同じようにゴットノートが対応すると、すぐに衛兵が動き始めた。
手漕ぎの装置を動かし、大きな縄を巻いていく。門を塞いでいた扉が徐々に向こう側に倒れていく。どうやら扉は跳ね橋になっていたようだ。
ゴオンと音を立てると、扉は水平の位置まで傾き、橋となった。
三人で渡ると、道は更に細くなり、草原に伸びるけもの道といった感じだ。
丘の向こうには森が見える。
「本当に、この先に村があるの?」
不安になって聞いてみた。
「ええ、一応」
ゴットノートの答えには含みがあった。
「何か、事情でもあるわけ? 早めに教えておいてね」
「そうですね。お二人とも、この領内には詳しくないでしょうから、お話ししておいたほうがいいですね」
丘を登りながらゴットノートは話した。
「これから向かうヘイスレンという村は、正確にはアルブワイル領ではありません。先程通ったマイセズ砦までが領内です」
「じゃあ、ここは他の領主の土地ってこと?」
「いいえ、誰のものでもありません。強いて言うなら、人間の土地ではありません」
「どういうこと?」
「アルブワイル領は比較的モンスターの少なかった土地でした。先祖が時間を駆けて徐々に切り開き、やっと今の形をなしたのです。つまり、ここはモンスターの領域にポツンと出現した領地ということになります。必然的に周囲にはモンスターが住み着いています」
「じゃあ、徐々にモンスターを駆逐して領地を広げっているわけで、ここはまだその途中ってことか」
「はい、そうなります。ですが、わがアルブワイルでは、これ以上の開拓を禁止しているので、これから行くヘイスレンは非合法の村ということになります」
「え? なんで開拓が禁止されてるの? せっかくなんだから領地広げればいいじゃん」
「それが代々の領主様がお決めになった方針です」
「いや、だからどうして開拓しないのかっていう理由を聞きたいの」
「外交より内政ということじゃないですか」
黙って聞いていたキシスが口を挟む。
「じゃあ、その理由は?」
「すいません。私は一介の兵士なので理由までは。ただ、もう何百年もそうしているので、国是とでも言うべきものです」
「ふう~ん。それにしても非合法の村ってことは、もしかして結構危ない所?」
「あらゆる意味で、安全ではありません」
ゴットノートは真面目な顔で脅してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます