7 宿屋の外――――――――その剣で鶏肉は切れるか?
宿屋で一泊した後、朝になってから出発の手筈となった。
もっとましな服はないのかとゴットノートに聞いたものの、ないと言われた。
レザーアーマーと革手袋、革のブーツを支給されたので、囚人服の上から装備する。
未だ囚われの身ということらしい。
シュークレアの手が回っているのかもしれない。
当然、武器は持たせてもらえなかった。
装備を整え外に出る。
道路の脇でキシスが大きな石に座って本を読んでいた。
「へえ、こっちにも本はあるんだ」
中を覗こうとすると、パタンと本を閉じる。
「え? 見ちゃまずかった?」
「いえ、そういうわけではありませんけど」
なぜか口ごもる。
「怪しいなあ。まさか、エッチな本でも読んでた?」
言ってから、コウキはしまったと思った。
キシスが真剣な顔で見返している。ちっとも冗談が通じない。
じっと見られてどぎまぎする。
「いいでしょう。そこまで言うなら、見せたほうが早いですね」
「なんか、すいません」
本を受け取るりながら謝ったものの、好奇心が先行した。
表紙をめくる。
「あれ? 何かの冗談?」
めくっても、めくっても白紙のページが続いていた。
「どういうことですか」
キシスは大真面目な顔で聞き返す。
「ほら、全部白紙」
開いたページを見せる。
「コウキにはそう見えるのですか」
「冗談……ではないよね」
コウキは本を返す。
「ゴットノートさん、ちょっといい?」
キシスは宿屋から出てきたゴットノートに声をかける。
「ここに書かれている文字見えますか」
近づいてくるゴットノートに本を開いて見せる。
「え? 何も書かれていないようですけど」
「そうですか」
「いやいや、ちゃんと説明してよ」
「説明も何もありません。私には見えて、あなた達には見えないというだけです」
「なるほどね……って、それじゃ説明になってないから」
「私にも説明できません。どうしてなのか聞きたいぐらいです」
真面目なキシスが嘘や冗談を言っているようには見えない。
「うーん。異世界ファンタジーだからってことなのかな」
釈然としないまま、不思議な事象についてどう解明すべきか考える。
「あ、不思議なことと言えば。昨日聞きそびれたままになってたけど、キシスさんはなんか力をもらったって言ってたよね? 詳しく教えてよ」
「その記憶もないのですか」
「え? どういうこと? 初めから教えて」
「こちらの世界に来る前に、私は何らかの存在に出会いました」
「出た、テンプレ!」
「続けても?」
「すいません」
「その存在が願いを叶えると言ったので、私は元の世界に戻りたいと言いました」
「なんて元も子もない願いなんだ……度々すいません」
「存在は、それはできないと言って、戻りたいなら次の世界で使命を果たせば、その願いを叶えると言いました」
「なんか主人公っぽいな」
キシスはもはや構わず続けた。
「私がその使命は何かと聞くと、使命は自分で決めろと返しました」
「はい?」
「私も聞き返したのですけど、果たすべき使命を自らに課し、達成すれば元の世界に返すということでした」
「それなら何でも良くないですか? 片足で三十秒立っていられたらとか」
「ええ。私もそう思って色々試しているのですが、願いは叶っていません」
「え? 片足立ち、やったの?」
キシスは無言のまま答えなかった。
「ま、まあ、使命っていうぐらいだから困難なものじゃないと駄目なのかな? もしくは、キシスさんが適当なことで済まそうとしたから、承認されなかったとか?」
キシスは黙り込んだままだった。
「そこまで真剣に受け取らないでよ」
「いえ、あるかもしれません」
なぜか心に刺さったらしい。
「というか、キシスさんがもらったという力の話は?」
「ああ、そうでしたね。その存在が、使命を果たすための力を与えると言うので、何ものにも屈することのない力が欲しいと言いました」
「なんだか随分ざっくりした願いですね。それで承認されたんですか」
「ええ、だからこの格好になりました」
「その剣と鎧がそうってこと?」
「はい」
「この世界のものじゃないんだ? ちなみに、その剣、触らせてもらってもいい?」
「いいですよ」
「やった」
キシスが腰から鞘を外し、片手で手渡そうとする。
「キシスどの! 地面に置いてください」
「ああ、そうでしたね」
ゴットノートが慌てて止める。
「どういうこと?」
「持ってみればわかります」
ゴットノートは石畳に置かれた剣を持つよう促した。
かがんで持ちあげようとする。
「うわっ! なんだこれ」
両手で力を込めてもびくともしない。
「重っ!」
おそらく一ミリも浮かんでいない。
「無理だ……てかゴットノートさんも持ったの?」
「ええ、キシスさんから手渡されて、危うく怪我をするところでした」
「そんなに重くはないはずですけど」
平気な顔でキシスが言う。
たしかに片手で鞘から抜いたり、巨大イノシシを切るときも力を入れていた感じはしない。
「ちなみに、キシスさんにとってはどれぐらいの重さなんですか」
「羽のような軽さですね」
「軽すぎ!」
大げさに突っ込む。しかし、キシスの行動を見るとあながち間違ってはいないようにも思えた。
「あれ? というかおかしくない?」
石畳に置かれたままの剣をよく見る。
「どういうことですか」
ゴットノートが尋ねる。
「ちょっと待ってね」
コウキは近くの芝生から土を掘って、両手ですくう。
土を固めて団子のようにして石畳に置いた。
「キシスさん、この土の上に剣を置いてみて」
言われるままにキシスが剣を置く。
泥だんごは形を保ったままだった。
「ほら」
二人に勝ち誇ったように主張する。
「どういうことですか」
ゴットノートが聞く。キシスも不思議がった感じはない。
「いやいや、よく見てよ。土が崩れないってことは、剣の質量はキシスさんが言うように、羽ぐらいの重さしかないってこと。要は、キシスさん以外の人間は剣の重さを錯覚させられているってことだよ」
「はあ」
いまいちゴットノートの頭には入っていかないようだ。
キシスを見る。こちらも同じだ。
「それがわかったところで、どうなるのですか」
真面目なキシスが尋ねる。
「いや、どうと言われても。というか、自分が持っているものに不思議を感じないわけ」
「説明できないことばかりですから、そういうものだと受け入れる他ありません」
「疑う心を持ってないの? ん? というかキシスさん以外の人間が重く感じるというのは理解できたけど……土が崩れないってことは自然物には効果がないってことか。となると羽ぐらいの重さしかない剣が風に飛ばされることもあるかも。それこそ羽みたいにふわふわ浮き上がるってことも!」
「そうですね」
「反応薄!」
「それがわかったところで、私にはなんの影響もありません」
「確かに効果の仕組みはわからない。でも、効果の性質を確かめようという探究心はないの?」
キシスの次にゴットノートを見る。
「キシスどのが強いということがわかっていれば、それでいいです」
「疑問を抱かない人生に意味などない! あ、それとは別にもう一個実験していい?」
コウキは次の疑問を見つけていた。キシスは黙ってうなずく。
「とりあえず剣を持ってて」
コウキはあたりを見回し、手頃な大きさの石を探した。
キシスの元に戻って剣の刃に石を当てる。
「そのまま剣を持っていてて」
刃に当てたまま石を軽く動かす。
全く音がしない。徐々に力を入れるものの音は鳴らず、切れる様子もない。
石を離して刃の方を見る。刃こぼれは全くない。
「これだけでも十分驚きだけど、一応予想どおりだね。では、次にこの石を切るつもりで剣を握って。あくまで剣は持ったまま動かさないでよ」
キシスは首をかしげたものの、最後にはうなずく。
コウキは同じように石を刃に当てた。
力をこめるまでもなかった。まるで豆腐でも切るように、石は真っ二つになった。
「ほら、すごいでしょ」
顔を上げるがキシスの表情に変わりはない。
ゴットノートを見る。こちらは少し驚きの表情があった。
「どういうことですか」
ゴットノートが聞いてくる。
「つまり、この剣は象徴みたいなもので、実際の剣とは別物ということだよ。まあ、あくまで推測なんだけど」
「象徴ですか」
キシスも少しだけ興味が湧いたようだった。
「闘技場でイノシシをぶった切ったでしょ? あのとき不思議だったんだ。刀身の長さとイノシシの断面の大きさが食い違ってたから」
「断面ですか」
ゴットノートが聞く。
そういえば、ゴットノートは現場にいなかった。
「そうなんだよ。イノシシの化け物を一刀両断したんだよ? 信じられないでしょ」
「いえ、モンスター襲来のときに似たような場面を目撃しています」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたね。じゃあゴットノートさんも不思議に思ったでしょ」
「いえ、特には」
「疑問だよ疑問! どうして背伸びしても届かないイノシシの全身を真っ二つにできるの?」
「そういうものだとしか答えられません」
キシスの声は真面目そのものだ。
「コウキどのは、どう思うのですか」
「剣はあくまで象徴としての物であって、剣そのものが何でも切れるような代物ではないってこと。キシスさんが切るぞっていう意思がなければ、さっきみたいに何も切れない。多分、イノシシもキシスさんが真っ二つにしようと思ったから、サイズを無視して切れたんだと思うよ? 要は与えられた力の効果がそういうものだってこと」
「そういうものですか」
キシスは納得いかないようだ。
「それにしても羨ましいなあ。ってか、よく考えたらオレにはそんな力ないんだけど」
「コウキにも力は与えられていると思いますよ」
「いやいや、力があったらもっとうまく闘技場を切り抜けられたよ」
ふとアレストの姿が浮かぶ。
「魔法も使えなかったしなあ」
無惨な姿をかき消そうと、笑ってごまかす。
「というか、力が与えられているのに記憶がないせいで、使えないってこと?」
「でしょうね」
「駄目じゃん」
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