4 円形闘技場―――――――今日はぼたん鍋

 ぐしゃりと音を立てて、アレストが地面に落ちた。


 レイピアは地面に刺さっている。


 巨大イノシシは壁に激突した後、頭を振って壁の破片をふるい落としていた。


 へたり込んでいたコウキは立ち上がる。


「長生き、ねえ」

 無理に笑顔を作る。肩の力が抜けて、足の踏ん張りが効くようになった。


 このイノシシは屈強な男達が束になってかかっても倒せなかった。真正面から戦っても勝ち目はない。できることは一つしかない。


 巨大イノシシがコウキの方を見て、再び地面を蹴った。


 動き出すと同時に横っ飛びをする。


 ギリギリで突進をかわす。

 すぐに飛び起きイノシシに向かい合う。


「戦えなくても、逃げきってやる」


 この死闘に時間制限があるかは疑問だ。あるいは、イノシシの体力が先になくなるかもしれない。後ろ向きに見える考えではあった。


 土煙を上げてイノシシがすぐ横を通り抜ける。

 次の突進もなんとか避けられた。


 逃げてばかりだが、向かっていくより無謀ではない。

 長生きなのかは微妙だけど、命を繋げられる唯一の方法に思えた。


 歓声はいつの間にか、不平の声に変わっていた。

 その声に反抗できるほどコウキに余裕はない。眼の前のイノシシに集中して身構える。知らぬ間に、壁を背にいしていた。


 イノシシの動き出しと同時に横っ飛びをする。


 畜生の分際で! コウキは心の中で叫んだ。


 イノシシは少し前進しただけだった。

 まんまとフェイントに引っかかった。ゆっくりとイノシシはコウキの方を向く。


 地面にヘッドスライディングをした後、顔を上げる。


 突如、上から人が落ちてきた。


 わずかにカシャリと金属の音がする。

 レッグアーマーをつけた足が見え、マントがひらりと覆う。見上げると長い髪がなびいていた。


 コウキは起き上がりながら、状況を確認する。

 どうやら、目の前の人物は観客席から飛び降りてきたようだった。イノシシは怯んだのか、わずかに下がり警戒している。


「引いてください。戦う気はありません」

 女性の声だった。


 顔はコウキの方には向いていない。イノシシに言っているようだった。


 当然、通じることなくイノシシが地面を蹴った。


「下がっていなさい」

 今度はコウキの方を振り返った。


「あ、うん」

 危うく一目惚れしそうになる。


 イノシシの突進してくる姿が見えた。


「あぶない」

 コウキは声を上げて両手で顔を覆う。


 ガツンという音は聞こえたが、衝撃はいつまで待ってもやってこない。


 ゆっくりと目を開ける。


 銀色の小手がイノシシの鼻先をつかんでいた。

 お姉さんは直立したままで、力が入っているようには見えない。


 虫でも振り払うように、つかんでいた左手を離す。


 イノシシは悶ながら横転した。

 ドタバタと足を動かし、すぐに姿勢を戻す。口からはダラダラとよだれが垂れ下がり、ときおり泡を吹く。


「引きなさい」

 再びイノシシに語りかける。


 どういう原理かは不明なものの、力の差は歴然だった。これも異世界の為せる技なのかとコウキは考えた。


 いななきが響く。

 意思疎通は不可能なようで、イノシシは戦闘態勢に入る。


「残念です」

 お姉さんは腰をわずかに落とし、鞘から剣を引き抜く。白銀の刀身が姿を見せた。


 イノシシの突進に合わせ、お姉さんは剣を切り下ろす。


 特別、速い動きではなかった。

 時間が止まったような静けさがある。


 イノシシの全身は右と左に分かれて、壁に激突した。


 コウキは左右を交互に見る。

「どういう原理?」


 明らかに刀身と断面の大きさが違う。


 おおっと歓声が上がる。薄情な観客たちは乱入者をたたえた。

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