3 円形闘技場―――――――トカゲの尻尾切り

 ゴオンと音がして、右の鉄格子が上り始める。


「よっしゃ、次こいや」

 コウキはファイティングポーズを取った。腰は完全に引けている。


「お前らは足手まといだ。下がってろ」

 大斧の男はそう言って、上がっていく鉄格子の方を向く。


 他の男たちも、それぞれ武器を構えている。ゴブリンが出てきたときに何もしようとしなかったのは、互いに牽制していただけなのかもしれない。


「おとなしく従ったほうが良さそうだな」

 足手まとい認定されたアレストが言った。


「しょうがねえな。譲ってやるよ」

 一緒に数歩下がる。


 内心ホッとしていた。

 実際のところ虚勢を張るぐらいしかできない。


 よく見ると、男たちは筋肉隆々だった。彼らに勝てないなら、もう死を覚悟した方がいいかもしれない。


 通路の奥から大きなトカゲが這い出して来た。

 四つん這いの恰好なのに、人間と同じぐらいの体高がある。歩くとドスンドスンと音がして、振動が伝わってきた。時折、舌を出して周囲を探っている。


「行くぞ、いいな」

 男たちは目を合わせ、一斉にトカゲに飛びかかる。


 ワーッと歓声が上がった。

 コウキはここが闘技場だということを今更のように思い出す。


「よし、そこだ。やっちまえ」

 観客と一緒になって男達を応援した。


 トカゲは大きさのためか動きは遅い。

 男たちは四人がかりで攻めては引くを繰り返す。


 一人が右の前足に切りつけるとすぐに引き、今度は別の男が左の後ろ足といった具合だった。さすがに一撃でどうにかできる相手ではなく、何度も繰り返す。


 トカゲはしっぽを振って薙ぎ払おうとする。そのすきに頭を切りつけられ、叫び声のようなものを上げた。


 一方的なまま、時間は流れる。トカゲの足が上がらなくなると、徐々にその場に崩れ落ちるようになって姿勢が下がった。


「今だ」

 誰かが叫ぶと、一気に全員がトカゲの背中に飛び乗りめった刺しにする。


「うう、さすがに」

 トカゲのうめき声が響き、ところどころから血が流れ出す。思わず目をそらした。


「コウキは貴族出身なのか」

「まあ、アレストたちからすれば似たようなもんかな」

 相変わらず平気な顔で見物している。


 おおーっと声がする。

 男たちがトカゲの背中の上で武器を掲げていた。歓声は間違いなく、彼らをたたえていた。


 男たちがトカゲの背から下りてくると、左側の鉄格子が上がる。


 中から大きないななきが聞こえた。

 地鳴りのような声は闘技場全体を揺らす。歓声は静まり、全員が固唾を飲むように静かになる。


 男たちは武器を構えて出口を囲んだ。


「引け!」

 斧の男が叫び、後ろにジャンプする。


 ドスンドスンと地響きが近づくと、巨体が通路から躍り出た。


 ガツンと音がすると、一人の男が宙を舞った。

 コウキは目で追う。男の身体は糸の切れた人形のようになっていた。


 妙な形のまま地面に叩きつけられる。


 身体はピクリとも動かなかった。男が死んでいると直感した。


 通路から出てきた生き物に目を向ける。

 見上げるほどに大きいイノシシだった。


 鼻からフンと大きな息を吐く。前足をわずかに上げて、地面を何度も蹴っている。


「こ、これは、さすがに」

「やばそうだね」

 アレストは、にこっと笑った。


 再び衝突音がする。

 二人目が宙を舞っていた。


 残った男は怯むことなく、巨大イノシシの足を斬りつける。まったく効いていないのか、それとも当たらなかったのか、イノシシはそのまま向こうへ走り去った。


 ずいぶんと距離ができた。

 コウキは自分が手ぶらだと気づく。ゴブリンと対峙したときに捨てた短剣を探す。


「壁の方まで下がろう」

 アレストが手を引いた。


「え? うん」

 短剣ごときで巨大イノシシは止められないと諦め、従った。


 残っているのは大斧の男と、剣を持った男だ。

 イノシシの突進をかわしつつ、武器を振るっているが勢いはまったく止まらない。


 そうこうしているうちに、一人が突進を受け、一人が踏み潰された。


 イノシシは鼻息を荒くして、ぐるぐると回る。コウキたちの方に顔を向けた。


「逃げる用意はできてるか」

 さすがのアレストも笑顔が消えている。


「ちょっと、やばいかも」

 足はがくがくと震えて、動けそうにない。


 イノシシは前足で地面を蹴って、今にも突進してくる様子を見せる。


「仕方ないな」

 そう言うと、アレストはコウキの横に立つ。


「ちょっとでも長生きしろよ」


 巨大イノシシが突進してくると、アレストはコウキを突き飛ばす。


 持っていたレイピアを前に突き出した。


 アレストは宙に舞っていた。

 小袋のような物が懐から飛び出し、一緒に弧を描く。


 なぜか、最後の瞬間まで笑っていたような気がした。


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