幸せな夫婦の幸せな夜
エリレアとシオネの結婚式が終わり宿へ向かう。
めったにない大規模な慶事のため王都の人出は多く、あちらこちらで祝福の声や喧騒が聞こえてくる。
式までは王宮に泊まったけれど、明日早く発つため今夜は王都の宿に泊まる。
お父様は渋っていたけれど、お母様はせっかくだから祭りの王都の雰囲気を少しでも楽しんでいきなさいと送り出してくれた。
馬車からも灯りの下げられた屋台や行き交う人々の楽し気な様子が見える。
日が暮れてさらに人出が増えたのか中々進まないけれどちっとも退屈はしない。
人を巧みに避けながら流れに乗り目的の場所へ進む人や人気で混み合う屋台にするりと近づき一言二言交わして買い物を済ませる人々を心の中で賞賛する。
アクアオーラがあの中に入ったらどうしていいかわからなくて流れの邪魔になるし、欲しい商品があっても売り子に中々声を掛けられないと思う。
そしてほぼ確実に迷子になる。
アイオルドと外に出るようになって判明したことだけれど、アクアオーラはあまり方向感覚がすぐれていないようで、路地を一本二本入って目印の建物が見えなくなるともう自分がどこに向かっているのかわからなくなる。
一人で出歩くことはないためそれほど困らないけれど、あの人波に入ったらもう帰って来れないのではないかと思うほどには苦手な自覚があった。
「アクアオーラ、疲れてない?」
「いいえ、大丈夫よ」
結婚式の間も時々体調を気遣ってくれたおかげか疲れは感じていない。
「よかった、もうすぐ着くよ」
アイオルドの指す先に宿を覆う大きな壁が見えてきた。
門の中に入り馬車を降りる。
要人御用達という宿は落ち着いた空気で周囲の喧騒が遠く感じるほど。
宿の主に案内された部屋もシンプルながら上質で心地よさそうな空間だった。
夕食の説明はされなかったけれど、祝宴で長い時間色々摘まんだので空腹というほどでもない。
軽食で済ませるのかと思っているとアイオルドに庭へ誘われた。
手を引かれるままについて行くと幻想的な灯りの下にいくつもの屋台が見えた。
「驚いた?」
「ええ、これは?」
「警備の問題から王都の祭りには参加できない宿泊者に少しでも雰囲気を楽しんでもらおうって、いくつかの店に働きかけて宿の中に出店してもらってるんだって」
良い試みだよねと屋台を眺めるアイオルドに口を緩ませる。
「内緒にしてたの?」
泊まる宿でこんなことをしているなんて聞いていなかったわ。
「もしかしたら王都の祭りの方に行きたいって言うかなと思って」
ゆったりとした笑みを浮かべるアイオルドにもう、と笑みを浮かべる。
行きたいって言ったら行かせてくれるつもりだったのよね。控えている護衛の一人が渋い顔をしているのが目に入った。
絡めた腕に頬を寄せる。
「ゆっくり楽しめそうで、うれしいわ。
ここを選んでくれてありがとう」
端から見ていきましょうと誘うと嬉しそうに笑った。
ぱちぱちと爆ぜる炭の音に肉や野菜の焼ける香ばしい香りが漂ってくる。
焼けるところを見学していると焼けた料理はテーブルまで運んでくれるという。
串から外された肉と食べやすく切られた野菜は外の屋台とは違うのかもしれないけれど。
外から微かに届く祭りの喧騒を聞きながら焼きたての味を楽しむのはとても贅沢な気分だった。
庭での食事ということもあり砕けた雰囲気の食事はとても楽しく、何組かいる他の宿泊者も興味深そうに普段は味わえない食事を楽しんでいる。
雰囲気もさるものながら料理自体もおいしくてアクアオーラも普段よりも多く食べ過ぎてしまったくらいだった。
食後にまた屋台を眺め、アクセサリーを見たりしながら散歩をする。
ゆったりとした空気の流れる空間はとても心地よかった。
そろそろ休みましょうかと促すとそうだねと口元を緩める。
とろんとした目は眠気のためかお酒のせいか、アイオルドは結婚式の間も相手に会わせてグラスを傾けていたからもしかしたら酔っているのかもしれない。
部屋に戻ると倒れるようにベッドに横になる。
大きなベッドの端から落ちそうになっているので転がそうと身体を押すと身を起こして腰に抱き着いてきた。
「もう一泊しちゃおうか?」
良い宿で心地の良い夜を過ごし、慌ただしく旅立つのがもったいなくなったと零すアイオルド。
見上げる瞳が理性と欲望の狭間で揺らめいていた。
髪を梳くように撫でながら微笑みを返す。
「アイオルドの好きなようにしたらいいわ」
望む答えを返すと嬉しそうに微笑み手を伸ばす。
引き寄せる力に抗わず唇を重ねる。
甘やかに絡められる腕に応える幸せ以上に優先するものはなかった。
Fin.
長くなりましたが番外編もこちらで完結です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。!!
常夏の国の冬の姫 桧山 紗綺 @hiyamasaki
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