第20話 アイオルドの想い
うっすらと光の入る気配に目を覚ます。
光の当たり方に違和感がある。
「?」
光の方へ顔を向け、どこにいるか思い出した。
昨日アイオルドの家の領地に着いて、ここは彼の屋敷。
アクアオーラと暮らすために用意したと言っていたけれどいつから用意を始めていたのかしら。
予定より随分早い結婚になったと思うのに、屋敷にも使用人にも不足はないように見える。
アイオルドは時々やることが極端だとは思うけれどそれもうれしい。
ベッドから降りて窓の側へ行く。
やっぱり。近くで見るとわかる。
このカーテンに使われているのはアクアオーラが使っているベールと同じ素材。
水の魔晶石を砕いた溶液に糸を付け込み作られるその布は恐ろしく高い。
効果を定着させるためにも別の魔晶石が使われていて、ベールのサイズでさえ平均的な諸侯には手が届かないだろう。
それを……。
大きな窓を覆うカーテンを見つめ感嘆の息を吐く。
模様のように縫い付けられた石は全て魔晶石。色からして部屋の温度を一定に保つためのものだろう。
このカーテン一枚だけで小さな屋敷が買える。
魔晶石はアクアオーラが提供した物なので実際にはそこまで掛かってはいないにしても。
カーテンを摘まむとひんやりしていて、口元が緩んでしまう。
呆れもある、けれど。
でも、うれしい。
このカーテンだけ見てもアイオルドが細やかに心を砕いて準備をしてくれたことが伝わって、どうしようもなく笑みが零れてくる。
扉の外から声がかけられ、女性の使用人が入ってきた。
勧められるままに湯あみをしてさっぱりすると長旅の疲れが全て取れた気がする。
身を整えたところでアイオルドが顔を出した。
「アクアオーラ、おはよう。
よかった、よく休めたみたいだね。
顔色が良い」
「おはよう、おかげでよく休めたわ」
アイオルドは王宮で見るときよりもくだけた格好をしていて、普段よりも少しだけ野性的な印象のアイオルドに視線が引き寄せられてしまう。
それはアイオルドも同じのようでアクアオーラの衣装をまじまじと眺めて似合ってると言ってくれた。
緩く編んだ髪をじっと見るのでどうしたのかと首を傾げる。
「どうかしたの?」
「ん? 似合ってるし可愛いよ。
ただ触ったら崩してしまいそうだと思っただけ」
確かに緩い編み方だから撫でられたりしたら解けてしまうかもしれない。
自分では直せないだろうから崩れたら困ると思っているとアイオルドがにこりと笑む。
「朝食にしようか」
そっと前髪に触れた指に、残念と言われたような気がした。
食事を終えると屋敷を案内される。
ある程度予想はしていたけれど、先ほどの部屋にあったのと同じカーテンが他の部屋にも廊下にも掛けてあった。ちなみに廊下や他の部屋のカーテンには魔晶石は付いていない。
この屋敷の中ではベールを被る必要もなく歩ける。
どこを見ても身体の事を心配しないで自由に過ごしてほしいというアイオルドの気遣いに満ちていた。
「良かったらこの後街を案内したいんだけど、どうかな?」
「行きたいけれど、お父様たちへのご挨拶はいいの?」
挨拶もしないで街を散策するのは良くないのではないかしら。
できればいい印象を持ってもらいたいと打算的なことを考えてしまう。
「ああ、父さんは出かけてるみたいで領地にいないんだ。
母さんには連絡してある。
母さんもアクアオーラの体質のことは承知しているから夕方帰りに寄ろう」
話をしてくれているならと安心した。
町には行ってみたかったので誘ってくれてうれしい。
外に行くのも町を見るのも初めてなので期待に胸が踊る
用意してくれた馬車に乗ると小さなガラスがはめ込まれているのに気づく。
「この馬車の窓は水の魔晶石を用いたガラスで作られているんだ。
屋敷のカーテンやアクアオーラのベールと同じ効果があって、外を見られるようにしてある」
アクアオーラが町を見られるようにと開発したらしい。
感動に窓を覗き込む。景色が流れてくのが不思議で楽しい。
「もっと大きな窓を付けられたらよかったんだけど、まだ開発に成功していないんだ。
完成していたら屋敷の窓も全部それにしたかったんだけど」
アクアオーラの両手を合わせたくらいの小さな窓だけれど、それだけでも驚異的なことだとわかる。
それを屋敷の窓の大きさにするなんてとんでもないことだけれど、アイオルドならいつかやってしまいそうな気がする。
「いいえ、すごくうれしい。
アイオルド、ありがとう」
小さい窓を二人で覗き込む。
耳元に吐息を感じるほどの近さに少し緊張を感じたけれど、すぐに町並みの美しさと話の面白さに惹き込まれていった。
町の説明をしてくれるアイオルドはとても楽しそうだった。
ここがアイオルドの生まれ育った町。
アイオルドの話からこの地に対する愛情が伝わってくる。
幼いアイオルドがこの町を駆け回った話には思わず声を立てて笑ってしまった。
日が傾き始めた頃、アイオルドが御者に命じて中心にある一際大きな建物に向かわせる。
いよいよ挨拶に伺うのだと思うと緊張してきた。
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