第21話 区切りの儀式



 領主の屋敷に入ると使用人たちが並んで迎えてくれる。

 その奥には茶色の髪にアイオルドとよく似た琥珀色の瞳をした女性が立っていた。


「ようこそ、アクアオーラ様。

 お迎えできたこと喜ばしく思っています」


 問題が起こったときはどうなることかと思ったとお義母様が微笑む。

 アクアオーラも挨拶を返して笑みを浮かべる。笑った顔がアイオルドと似ていて、軽い緊張は簡単に解けた。


「それにしてもまさか姫様を攫ってくるなんて、驚きました。

 無茶をする子だとは思っていたけれど大丈夫でしたか?

 無理強いはしていませんか?」


「そんな無理強いなんて!

 私の方から連れ出してほしいとお願いしたのです」


 ローデリオを利用してアイオルドに連絡を取ってもらい王宮からの脱走を計画したのだ。

 彼も自分の利益になるから快く引き受けてくれた。


 アイオルドと一緒になる方法はあれしかないと考えたけれど、今思えば中々の無茶を言ったと思う。


 ちらりとアイオルドを窺うと口元を嬉しそうに緩めて笑った。


「アクアオーラの願いでなくても攫いに行ったけど、望んでくれてうれしかった。

 何があっても何度でも攫いに行くよ」


 アイオルドのセリフに周囲から息を呑む音がした。音の方を見ると使用人たちが口元を押さえて顔を赤らめている。その様子に周りに多数の使用人がいたことを思い出した。


 いきなり恥ずかしいところを見せてしまった気がしてお義母様の反応を窺うけれど、ただ微笑ましそうな顔をしていた。






 場所を変えて改めて挨拶をする。

 お義父様がいないのは他の町の領主と商談に行っているそうだ。


「帰ってきたら改めて挨拶に来て頂戴。

 そのときはお祝いで夕食を一緒に取りましょう」


 是非、と答えて出されたお茶を飲む。

 アイオルドのお父様は何度か王宮で会ったことがある。アイオルドによく似た快活な方でアクアオーラにも明るく接してくれた。

 今回のことでご迷惑をお掛けしてないかと心配していたけれど大丈夫そう。


 そんなことを考えていたからか、何気なく聞かれた言葉でお茶が気管に入ってしまった。


「それで、結婚式はいつするの?」


「……っ!」


「アクアオーラ、落ち着いて。

 母さん、俺たちはもう結婚したことになってるんだよ?」


「それはそうとして結婚式も上げればいいじゃない。きっと楽しいわ。

 それに私が言ってるのは披露するための結婚式のことではなくて儀式のことよ」


 けほっと咳をして椅子に座り直す。

 ようやく呼吸が落ち着いた。

 私が喉の痛みを癒すためにお茶を飲み下すのを待ってお義母様が口を開く。


「すでに世間的に結婚したと見なされるとはいえ……、あなたたちまだ何もないでしょう?」


 今度はアイオルドがむせた。

 背を撫でているとアイオルドの耳が赤くなっているのが目に入る。

 アクアオーラも顔が真っ赤になっているのが自分でわかるほど顔が熱い。


「身も心も結ばれたばかりの夫婦ってもっと雰囲気がふわふわしてるものよ?

 私とスクテルドだって結婚したばかりの頃はそうだったし」


「ちょっと待って聞きたくない」


 両親の夫婦模様にアイオルドが顔を顰める。


「まあ夫婦のあれこれは置いておいても儀式をして区切りをつけるのはいいことよ。

 これで愛する人と夫婦になれたっていう実感が湧くとても幸せなものだもの」


 だからはい、と小さな瓶がアイオルドに渡される。


「この辺りでは結婚式の夜にお酒に花を浮かべて飲むのがしきたりなのよ。

 ぜひアクアオーラ様もアイオルドとやってみてね」


 お義母様の気遣いがうれしくて自然と笑みが浮かぶ。

 頬の火照りがまだ取れない顔で隣を見るとアイオルドも顔を赤く染めてアクアオーラを見ている。

 あまり見たことのない表情に目が離せなくなってしまう。

 硬直したように言葉の継げない私たちを余所に、お義母様は楽しそうに微笑んでいた。



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