第19話 ただ一人望む人 <アイオルド視点>
自室に戻り身を清めてベッドに倒れ込む。
アクアオーラが屋敷の中にいるという事実を噛み締めて幸せに浸る。
「やっと一緒になれた」
恋焦がれ愛しみ慈しんだ彼女とやっと一緒にいられる。
待ち望んだ時が来たことに対する喜びがあふれて仕方ない。
控えめに言って浮かれていた。
初めてアクアオーラと会ったのは王宮の廊下だった。
あの時アクアオーラは噴水を探していると言っていた。見たことがないと。
王宮に来た者は全員見に行くと言っても過言ではない大噴水。
アイオルドも初めて見たときは圧倒されて言葉が出ててこなかった。
だから一緒にその景色を見に行こうと告げるのに躊躇いはなかった。
見せてあげる――。
その言葉を告げたときの、彼女の表情に全てを奪われた。
零れ落ちそうな大きな赤い瞳がゆっくりと見開かれ、直後にぱっと笑みに変わる。
それまで落ち着いていて冷たくも見える容姿が一気に印象を変えた。
――本当に!? ありがとうっ!
にぱっと笑ったアクアオーラのあまりの可愛いらしさに言葉を失った。
その瞬間からずっと俺はアクアオーラの虜だ。
世間では俺が幼き日にアクアオーラを日の下に連れ出して倒れさせた責任を取って身体が弱く他に貰い手の無い王女の婚約者に名乗りを上げたなどという勘違いが広まっているが、それは事実とは全く違う。
あの時アクアオーラに魅了された俺が望んで父を通して陛下に縁談を持ち込んだのだ。
王女を危険にさらした俺との縁談に最初陛下はいい顔をしなかった。
当然だ。命に別状はなかったとはいえ、3日も寝込むほど体調を悪くしたのは俺の浅慮のせいなのだから。
だから俺は国王に取引を持ち掛けた。
この常夏の国で普通に暮らしているだけで具合を悪くするアクアオーラ。
そんな彼女が快適に暮らせる環境を作り出すには工夫が必要だった。
商売や流通を司る大臣の家に生まれた者としての伝手や財力をもって彼女が快適に暮らせる環境を整えると誓いを結ぶことでようやく認められたのだ。
必死だった。
アクアオーラを嫁がせる先として秋の国や春の国に近い領地の子息を考えていたらと焦りもあった。
常夏の国と言われるこの国でも気候が穏やかな場所はある。
隣国に接する地域では王都よりは涼しい日も多く、アクアオーラの体質を考えれば選択肢として悪くない。
その先にある隣国の王侯貴族との婚姻の可能性を国王が思い浮かべる前に俺を選んでもらう必要があった。
それぞれの国が今は細々とした国交しか結んでいないとはいえ、遠い過去には王族同士で婚姻を結び国交を行っていた歴史もある。
アイオルドの懸念は全く根拠のないものじゃなかった。
多少ずるい手法だったとは思う。
王家には3人も姫がいる。
第一の姫として祭事を取り仕切るエリレアとその補佐をするシオネ。二人がいれば十分回る。体質の面からアクアオーラに役目が回ってくることはない。
次代のために姫を王家に残すのならエリレアとシオネだ。アクアオーラはどのみち降嫁をすることになる。
上に姉二人がいる中、末姫の降嫁先を探すのは難しい。特異な体質を持つアクアオーラは尚更。
なぜならアクアオーラが快適に暮らせる環境を作るためには冷却に特化した魔道具と多量の魔晶石がいる。
この常夏の国では希少でとても高価な品だった。
中途半端な身分や財力では彼女を迎えるには足りない。
それが瑕疵のあるアイオルドを後押しした。
希少なその品々を容易く手に入れることができる5大臣の息子で、望んでアクアオーラを迎えたいと言っているアイオルドは国王にとっても都合の良い存在だったはずだ。
王女を危険にさらしたという引け目から下にも置かない扱いをすると判断したのだろう。
理由はどうあれアクアオーラを大切にすると誓った俺に王は婚約を許した。
アクアオーラのための環境を整えるのは楽しい。
新しい魔道具を考えるのも楽しかったし、それを使った時のアクアオーラの驚き喜ぶ顔を見るのが嬉しくてならなかった。
彼女が北側の一角に部屋をもらった時はこれでもっとアクアオーラの住みやすい環境が作れると思ったものだ。
そこに少しだけそれまでよりも会いやすくなるなと下心の混じった喜びもあったけれど。
日中ずっと窓を覆っておかなければならない部屋よりずっと快適だった。
陽の光に怯える必要もなくなり、窓から庭を眺める楽しみが増えたとアクアオーラも喜んでいた。
それに思わぬ副産物として口さがない者たちの戯言も届きづらくなり、アクアオーラはよく笑うようになった。
会いに行くたびに穏やかな笑みで迎えてくれる彼女にいつか領地で迎える日を待ち望んだ。
やっとこの時が来たんだ。
もっと自由に色々なことをしてほしい。
アクアオーラの願いを叶えることは俺の喜びだから。
明日からはもっと素晴らしい日々が待っている。
逸る気持ちが眠りを妨げるのを目を閉じて振り払う。
明日になればまたアクアオーラに会える。
そう心の中で唱えて眠りに落ちて行った。
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