第18話 私たちの屋敷??
王宮を飛び出してからどこにも泊まらずアイオルドの領地へたどり着いた。
「アクアオーラ、体調はどう?」
「大丈夫よ」
多少の疲れはあるけれどなんとかここまで来れた。
途中でいくつも馬車を乗り換えここまできたため通常よりもかなり短縮できたけれど、代わりにほとんど休むことができなかった。
アクアオーラは目立ちすぎる。
行く先がわかっている以上追いかけるのはたやすく、途中で捕まる可能性を考慮すれば休んでいる暇はなかった。
無茶な作戦に応えてくれたアイオルドと協力してくれた皆に感謝している。
「じゃあ、俺たちの家に行こうか」
「ええ、まずはあなたのお父様お母様にご挨拶をしなければ」
アイオルドがどこまで話をしているかによるけれど、国王の制止を振り切って嫁いできたなんて聞いたら驚くことでしょう。
「え?」
不思議そうな声にアイオルドを見上げる。
まずご挨拶だと思ったのだけれど違ったのかしら。
「挨拶は後でいいんじゃないかな。
まずは身体を休めてからで」
それは失礼じゃないかと思ったけれど、疲れを感じているのも確かだった。
「睡眠だって馬車の揺れの中でほとんど取れてないし、休むのが先だよ」
そっとベールを被せたアイオルドの手がベール越しに頬を包む。
慈しむ琥珀の瞳でじっと見つめられ何も言えなくなってしまう。
恥ずかしくてベールで顔を隠すとふっと笑った気配がした。
「まだ明るいからベールはそのまま被っておいて」
街中を見たい気持ちはあるけれど、アイオルドに迷惑はかけられないと大人しく従う。
先に降りたアイオルドの手を取って椅子から腰を浮かせたらそのまま馬車の床に膝が付いた。
「あら?」
何が起こったのかわからなくてアイオルドを見ると彼も目を丸くしていた。
乗せたままの手に力を入れて立ち上がろうとする。
「足に力が入らないわ」
反対の手を床について力を入れるのに、足は震えるばかりで全く動く気配がない。
何度目かの挑戦の後、やはり足が動かないのを確認してアイオルドを見上げる。
「どうしたのかしら?」
「ずっと揺られていたから思った以上に負担がかかったのかな、痛くはない?」
アイオルドも困惑した感じだ。痛くはないと答えてどうしようかと考える。馬車から降りられない。
「アクアオーラ、手をいいかな」
声を掛けられて取っていた手を離すと身を近づけたアイオルドにひょいっと抱き上げられる。
ぱちぱちと目を瞬いて状況を把握する。馬車の中で馴染んだ体温が密着していることだけは理解した。
顔を上げようとしたら外に出るよと告げられ慌てて視線を下げる。
「ごめん、アクアオーラ。
きっと馬車に慣れてないから知らぬ間に身体に負担がかかっていたんだと思う。
このまま屋敷まで行こう」
アイオルドの説明を聞いて納得する。
慣れていないというかアクアオーラは馬車に乗ったことがない。
馬車に乗ることが身体に負担なのだとすれば影響が強く出てもおかしくはなかった。
「アイオルドは平気なの?」
同じ時間乗っていたのに。
「俺は慣れてるから。
領地への移動は数か月に一回は必ずしてる」
「そうだったわね」
アクアオーラとは違いアイオルドの歩みは危なげなかった。
門を潜るとすぐに真白い壁が美しい建物が見えて来る。
動けずアイオルドに身を委ねるしかないアクアオーラは客室のベッドに降ろされるまでなすがままだった。
「使用人を呼んで来るからまずは着替えて休んで」
部屋を出ていこうとするアイオルドを呼び止める。
「アイオルド、やっぱり一言だけでも挨拶したいわ」
これから一緒に暮らすのなら最初が肝心と足に力をいれる。足はやっぱり動かなかった。
「わざわざ挨拶のためだけに行くことはないよ。
今いるかわからないし」
「?」
同じ屋敷にいるのだからわざわざというほどでもないのではと首を傾げる。
「あ。
ここは本邸じゃなくて俺とアクアオーラの屋敷だから。
父さんも母さんもいないよ」
「え?」
本邸じゃない?
アイオルドと私の屋敷って聞こえたけれどどういう意味かしら。
「アクアオーラが過ごしやすいような家を用意しようと思ったら本邸に機能を付け加えるより新しく作った方が早くて楽だって気づいて」
「建てたの?!」
アクアオーラの驚きに朗らかな笑い声が重なる。
「はは、流石に建てるところからはしてないよ。
本当はそこまでこだわってもよかったけど、時間がかかり過ぎるから。
早くアクアオーラを迎える環境を整えた方が良いと思ったから空き家を買い取って内装に手を加えたんだ」
屋敷の説明は明日するね、と笑うアイオルドはとても楽しそうな顔をしている。
アクアオーラが過ごしやすいように色々な魔道具を付けたんだと自慢げだ。
「……とても楽しみだわ。
明日いっぱい聞かせてほしいから今日は早めに休むことにするわね」
まだ見せたことのない魔道具もあるんだと話すアイオルドはやっとアクアオーラをこの屋敷に迎えられたとうれしさが抑えられないようだった。
その顔を見ていたらなんだかアクアオーラもうれしさがこみ上げてくる。
これで本当にアイオルドと夫婦になれるのね。
家族と住んでいる屋敷ではなくて、
もう実質夫婦と見られ、引き離されることはないということ。
そう気づいたら笑みが広がっていく。
「アイオルド」
「ん?」
「これからもよろしくね」
ずっとずっとアイオルドと一緒にいられる、それがとてもうれしい。
「……!
アクアオーラ!」
ぎゅうっと抱きしめられて幸せが胸を満たす。
逞しい背中に手を回すのは少し恥ずかしくて服の端を掴む。
アイオルドの手がアクアオーラの頬を撫で上向かせる。
透き通る琥珀の瞳がじっとアクアオーラの瞳を覗き込む。
至近距離から覗き込まれる羞恥に目を伏せる。アイオルドの吐息が頬に触れた気がした。
未知の感覚に目をきゅっと瞑るとまぶたに何かが優しく触れる感触がした。
そっと目を開くとアイオルドのくちびるが目に入ってまぶたに触れたのが何だったのか理解する。
すり、と鼻先が触れ合い距離が縮まる。
見たことのない色を宿してアイオルドの琥珀の瞳がアクアオーラを見つめる。
わずかな刺激さえ与えてはいけない気がして息を潜める。身じろぎもできずに瞳を見つめ返しているとアイオルドが動いた。
ちゅ、とアクアオーラの目元にくちづけを落として離れていくとともに緊張が解ける。
「じゃあ、ゆっくり休んで。
外に一人控えさせておくから、何かあったら言ってね」
軽く頭を撫で今度こそ立ち去って行った。
早鐘のように鳴る胸を両手で押さえ息を吐く。
心臓が信じられないくらい早く鼓動している。
「キス、されるのかと思ったわ」
あと、少し。アイオルドが頭を下げたら唇が触れ合うところだった。
アイオルドの琥珀の瞳は均衡を崩したいという熱を宿していたように見えたのだけれど。
それを行動に反映させることはなかった。
まだ鳴りやまない鼓動を思えば止めてくれてよかったのかも。
……でも。
少し残念な気持ちになってしまったことはとても口に出せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます