第2話 夕暮れの庭園



 楽しい時間が終わるのが惜しくて、帰るアイオルドを見送りがてら裏庭を散歩する。


「アクアオーラ、体調は大丈夫?」


「大丈夫よ、日も暮れてきたし……。

 これがあるから」


 左手首に着けた『涼風の腕輪』を胸の前まで上げる。

 銀色のシンプルな腕輪には中央に小さい水色の石がついていて、可愛らしい。

 これが冷気を発する魔道具だなんて見た目からはわからないだろう。

 アイオルドが作る物は本当にすごい。

 氷を作る魔道具のようには冷たくなく、自室にいるときのような心地よい冷気に包まれていた。

 庭園を吹く風も気持ちが良い。

 サンダルをはいた足を風が撫でてくすぐったさに微笑む。


 ゆっくりと足を進めながら隣を見上げる。

 背の高いアイオルドの向こうに見える空はオレンジ色で、アイオルドの金の髪を柔らかく輝かせた。


「どうかした?」


 気づかないうちに長時間見惚れていたのか不思議そうな顔で覗き込まれる。


「ううん……、夕焼けが綺麗だなって思ってたの」


 夕焼けと、その光を受けたアイオルドが。

 ――とても美しかった。






 見送りを終え自室に戻る。

 窓から陽が落ちて暗くなった裏庭を見ると遠くに立っているアイオルドが目に入る。

 アイオルドはいつもそう。

 見送りにいったのに私が部屋に戻るまで見守っている。

 手を振るとアイオルドも大きく手を振り返す。

 立ち去るアイオルドを眺めていると、数歩進んだ先でまた振り返ってこちらを見た。

 遠いし暗いので表情なんてわからない。

 なのに、なんだか笑っているような気がして口元が緩む。

 嬉しくなってしまいふふっと笑みの混じった吐息が零れる。

 寂しく思うよりも温かいものが心を満たしていた。



 静かになった部屋で運ばれてきた食事や湯あみを終えゆったりとソファにもたれかかる。

 テーブルの上には大小様々な大きさの石が散らばっている。

 晶石と呼ばれる石は魔力を留め、多様な用途に使われる物だ。

 火の魔力なら鍛冶や料理に、風なら運搬や染色の補助に土なら農作などに使われ、生活を助けるために大陸全土で広く浸透していた。


 親指ほどの大きさの晶石を手に取り両手で包み込む。

 わずかに透き通る晶石がゆっくりとアクアオーラの魔力に染まっていく。

 程よいところで魔力を流すのを止め、手を開くと水色に染まった魔晶石に変化している。

 次の晶石を手にして今度は流す魔力の性質を変え魔力を流す。

 同じ作業を繰り返し、魔晶石をいくつも作っていく。


 テーブルの上には様々な色合いの青に染まった魔晶石が溢れていた。

 アクアオーラの魔力は水の力に偏っていて、作る魔晶石も全て水属性を表す青系統の色をしている。

 青の魔晶石は効果も様々で、例えば薄い水色の魔晶石は冷気を発することに特化している。

 紺色に近い深い青の魔晶石は綺麗な水を出したり水を浄化することができ、医療用や炊事場で使われることが多い。


 アイオルドが贈ってくれた腕輪型の魔道具もアクアオーラが作った魔晶石を使用している。

 わざわざアクアオーラが作った魔晶石を使うのは一方的に贈られることを気に病まないようにというアイオルドの配慮で、それがうれしい。


 魔道具に使用する魔晶石はかなりの高値だとは女官から聞いて知っている。

 アイオルドが作り贈ってくれたような一点物の魔道具に使う物は特に。

 それを知ってからはまだ染まっていない空の石、晶石を持ってきてもらい自分で力を込めている。

 最初の頃は失敗もしたけれど、今では品質も性質も自由自在だ。

 アイオルドが作ろうとしている魔道具に合わせた魔晶石を作ることもできる。

 自分のために素材を作れる。それに小さな喜びを感じていた。


 一通りアイオルドに渡すための魔晶石を作り終え、離れた机に置いてある箱に視線をやって立ち上がる。

 机の前まで来て箱を手に取るとごろっと箱の中で石が動く。

 手にするとざらりとした感触が肌を撫でた。

 アイオルドが用意した物よりも白く濁った晶石は魔力を込めても濁りが残る。

 こちらの品質の低い晶石は王宮の管理部が用意した物で、王宮で使うための物。


 この常夏の国に生まれながら暑さに弱く太陽の光でめまいを起こすアクアオーラは王族として参加をするべき祭事に一度も参加したことがない。

 外に出られず大したことのできない身のアクアオーラができる数少ないことが魔晶石の補充。

 魔晶石を作れるようになってから、アクアオーラが魔晶石の補充の一部を担っている。それを知る役人からは厳しい視線が和らいだ。

 王族としての務めを果たさない存在しているだけの王女から消耗品の補充に役立つ存在へと昇格した気がする。

 少しでも役立っているならうれしい。

 金食い虫と言われなくなる日は遠いかもしれないけれど、食べるお金の一部を自分で生み出せるようになったのなら、それは大きな成長だと思った。



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