第3話 家族との食事



 涼しい自室から離れ王宮の中心へ向かう。

 日が暮れているとはいえ夏の宵は暑いもの。

 歩くごとに少しずつ暑くなっていく。

 普段は自室で食事を取っているけれど、月に一度開かれる家族の食事会にはアクアオーラも参加することになっている。

 どうしても無理な日は参加を辞退することもあるけれど、今日は我慢できないほどの暑さじゃない。

 アイオルドのくれた魔道具を撫でると心が落ち着く。辛くなったらこれを起動すればいい、だから大丈夫。

 そう思えるだけで進む足取りが軽くなるようだった。




 食堂の前に控える衛兵がアクアオーラを見て中に声を掛けてから入室を促す。

 入るとすでに着席していた姉たちへ挨拶をして席に着く。


 お父様とお母様はまだ来ていないようだった。

 入口に一番近い末席についてテーブルの上をなんとなく見つめていると次姉のシオネから話しかけられた。


「今日は体調が良さそうね、この前より顔色が良いわ」


「そうね、この間よりは。

 でも無理は禁物よ?

 体調が悪くなったらすぐに言いなさい」


 長姉のエリレアも無理をしないようにと声をかけてくれる。


「エリレアもシオネもありがとう、無理はしないから大丈夫よ」


 頻繁に体調を崩しているわけではないのに毎回心配を口にされることに苦笑する。

 アクアオーラは暑さに弱いだけで病弱というわけではないのに。

 こっちで過ごしていたときはだるさに寝込むことも多かったから未だにその印象が強いみたいだった。

 北の棟で暮らすようになってからは暑さで体調を崩すことも格段に減っている。

 とはいえ二人が気遣ってくれることはうれしかった。


「エリレアもシオネもそろそろ忙しい時期でしょう?

 二人なら大丈夫だと思うけど体調気を付けてね」


 もうすぐ大きな祭事がある。

 この国で祭事といえばこの国を生み夏を司る女神様へ感謝を捧げ、これからも国を見守ってくれるよう願うもの。

 王女として舞を捧げる役目はもちろんのこと、エリレアは祭事全体を取り仕切ることになっている大役だ。


「そうね、自分で舞を舞うだけなら気持ちが楽なんだけれど」


 エリレアが溜息を吐く。

 何かあったのかと思っているとシオネがわかったと口を開いた。


「あ、有力貴族の目に留まりたいって子たちから順番を変えてほしいとか目立つ位置にしてほしいとかの嘆願が大変なんでしょう?」


 そうよ、と答えるエリレアは確かに疲れて見えた。


「五大臣の子息たちが人気なのはわかるけれど、私たちに遠慮するものじゃない?」


 見初められたいと考えるのは当然のことだけれどエリレアに直接目立つ場所にしてほしいと願うなんて。

 その積極性に驚く。五大臣の子息ともなれば内々に姉たちとの婚約が決まっていてもおかしくないのに。


「どのように配置するかを見てエリレアの狙いを知りたいんじゃない?

 エリレアと張り合っても仕方ないもの」


「アイオルド以外まだどの子息も婚約などを発表していないからどの方に狙いを定めて良いかわからないのでしょうね」


 シオネの予想に納得した。

 今の王家には姫しかいない。

 この国では王女が冠を頂くことはなく、王子がいないときは王女と婚姻した者が暫定的に王座に就くことがあるので強い権力を望む者が王女の伴侶の地位を狙うのは当然のことだった。

 王女が男子を産めば伴侶が王にならずにそのまま次代に王座が移ることもあるので王女の伴侶イコール王になれる、ではないけれど。


 それでも王女と婚姻した者が次の王座に近いとわかっているから有力な諸侯の子息たちは婚約を結んでいない。

 父王も相性の問題もあるからと幼い頃からの婚約には否定的だった。

 しかしそろそろ決まるだろうとどの家も見ている。

 長姉のエリレアは20歳を迎え、次姉のシオネも19歳になる。流石にこれ以上延ばすことはないと。

 二人とも王族として王宮に残り伴侶を迎えることになるだろうと予想されいてた。

 三人の子供に恵まれながらも全て王女だった今代を考えれば恐らくそうなる。


 アイオルドに嫁ぐことが決まっていていずれ王宮を出るアクアオーラには関われない話なので愚痴を聞くぐらいしかできなかった。




 姉たちの話はやがてどこの子息が人気があるかに移っていく。

 やはり五大臣の子息は人気が高く、それは婚約者のいるアイオルドも例外ではない。

 どこかの子女に告白されたとか王宮に来たときに大庭園の散歩に誘われたとか聞こえる度に耳を塞ぎたくなってしまう。

 最近アイオルドが裏庭からしか来ない理由がちょっとわかった。

 気を逸らすためテーブルに飾られた花に目を移す。


 生けられた花の種類を数えているうちにお父様たちの入室が告げられた。




「待たせてすまない」


「ごめんなさい、会議が長引いてしまったみたいで」


 父と母が揃って入ってくる。

 二人が座ると給仕が飲み物を運んできた。

 果実酒を炭酸で割ったものがそれぞれのグラスに注がれる中、アクアオーラのグラスには同じ果実を使ったジュースを水で割ったものが注がれる。

 弱い果実酒を炭酸や水で割ったものはこの国では子供でも口にする飲み物だけど、アクアオーラはあまり酒類を好まない。


「相変わらず果実水なの?

 お子様舌ねえ」


 一番上の姉エリレアがからかうように笑う。


「いつになったら同じ物を飲んでくれるようになるのかしら」


 呆れたような顔をする二番目の姉シオネに笑みを返し果実水の入ったグラスを掲げる。

 身体が火照ってくる酒類は口にするのを避けている。多少なら気分が悪くなることはないけれど気候によっては体調を崩すかもしれない。

 そんなことで食事会が台無しになったら申し訳ないのでつい避けてしまう。


 乾杯の合図と共にグラスに口を付ける。

 ひんやりとしてほんのり甘い果実水は少しだけ濃い。グラスを置いて料理に手を伸ばす。

 アクアオーラ一人のための食事と違い、多くの種類の料理が盛られた皿は見ているだけで楽しかった。



 談笑しながら食事をする家族を眺める。

 常夏の国の王族特有の金の髪と赤い瞳を持つ父や姉たちがいるとても場が華やぐ。

 艶やかな赤い髪の母も華やぎに一役買っていて、家族が揃うだけで飾られた花などは霞んでしまうくらい。

 アクアオーラだけが違う色をしている。自分の水色の髪を見下ろす。女官が丁寧に手入れをしてくれているので痛みもなく艶やかさを保っている。

 この国にはまず生まれない水色の髪。赤い瞳は家族と同じ色味の赤色。

 これで瞳まで違う色だったならもっと問題は大きく、王族として認められなかった可能性もある。

 それだけこの国では異端な色だった。

 遠い昔に嫁いで来た常冬の国の姫がアクアオーラと同じ水色の髪色をしていたという記録があったため先祖返りだろうと話が落ち着いた。

 太陽の光を目にして立ちくらみを起こし、暑さに熱を出すなどの体質もその姫と同じらしい。

 それがわかってからは日の当たらない北側の棟に部屋をもらい少しずつ体調を崩すことが減っていった。

 北棟に移るとなったときも王女の部屋が太陽の当たらない部屋になるなんてと反対があったらしいけれど、私の体調の方が大切だと反対を押し切ってくれた。

 体質の問題から姉たちと同じ扱いではなくとも愛情がないと思ったことはなかった。



「エリレア、シオネ。

 祭事の準備は順調か?」


「はい、お父様、力を尽くしておりますわ」


 王家第一の姫として幼い頃から祭事に関わってきたエリレアの返事は自負に溢れている。

 父も頼もしそうに目を細めて頷く。


「困ったことはないの?」


「参加者が少し騒がしいみたいよ」


「ああ、まだあなたたちの相手も決まっていないし、大臣たちの子息も誰も伴侶を選んでいないものね。

 花の盛りに見初められようと必死なのでしょう」


 母が父に促すような視線を送る。

 もう少し早めに婚約者を決めた方が良いと言っていた母は今の状態に時々不満を漏らしていた。


「エリレアもそろそろ婚姻相手を決めなければな。

 どうだ? これはと思う相手はいるのか?」


「そうですね、様々な方と交流しましたがやはり赤大臣のご子息が素敵だと思いますわ」


「そうかそうか、赤大臣の息子なら王族との結びつきの大切さも理解しているだろうし第一王女の伴侶として相応しい相手だな」


 赤大臣が登城したときに話をすると父が言葉にしたことでエリレアが満足そうに笑みを見せる。


「楽しみだわ、シオネはどなたか気になる方はいるの?」


「私は白大臣の2番目のご子息が素敵だと思いました」


 歳も一緒だし話が合うのと言うシオネにお母様が嬉しそうな笑みを浮かべる。

 お父様は少しだけ違う意見みたいだった。


「そうか、青大臣の長男も良い男だと思うが」


 国王としての希望なのかお父様が外交を担当する大臣の子息を薦める。


「あの方も素敵ですけれどあまり話したことがないの」


「ならば今度話をする機会を作ろう。

 なに、白大臣の次男とも機会を作るから心配するな」


 お父様としてはどちらでも良さそう。

 長女に国内を統括する大臣の息子が添うのなら次女に外交を担当する大臣の息子ならと考えただけで、他の大臣の息子でも構わないと言う。

 それならと口元を緩ませるシオネも満更でもなさそうで、両方と顔合わせをして気の合った方と婚姻を結ぶことになるのだろう。

 話がまとまったところで父の視線がこちらに向いた。


「アクアオーラも黄大臣の息子と上手くやっているか?」


 商業を司る黄大臣の息子はアイオルドのこと。

 アイオルドはいつも穏やかで優しくて一緒にいると落ち着く。


「ええ、変わりなく過ごしています」


「そうか、彼は今もあのことを忘れずお前を大切にしてくれているんだな」


 安堵の息を吐かれたことに胸がちくりとした。


「本当に、責任感のある子で良かったわね。

 あの時はどうなることかと思ったわ」


 お母様も胸を撫で下ろした表情をしていた。この話が話題になるときはいつもそう。

 親として娘の身を案じた過去を思い返し、今がある幸せに安堵するのだろうけれど。


「私たちも心配したのよ。

 何日も寝込むことになって、アクアオーラがこのまま儚くなっちゃうんじゃないかってね」


「シオネったら大げさよ。

 命に係わるほど大事じゃないって医師も言っていたじゃない」


「それくらい胸を痛めたってことよ」


 聞いているとどうしてか胸が苦しくなる。

 わいわいと昔話に盛り上がる家族とは対照的に、アクアオーラの胸の中は冷たく凍えていくようだった。



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