第11話 半殺しにされた我が子
選任手続期日のお知らせ(呼出状)と質問票が届いたのは、選任手続日から約六週間前の六月十五日だった。
「呼出状来たんですか?すごいなぁ。一事件あたり六〇人程度の裁判員候補者に呼出状が来るんですよね。めっちゃ運が強いじゃないですか。これはいかないと!」
職員室で呼出状を見ていた郁恵の後ろを、たまたま通りかかった、米沢君が感嘆の声を上げてきた。
「こんなところで運は使いたくない。」
「つーか、裁判員選出の抽選会に参加するのは強制なんですね。参加しなかったら、罰金十万以下ってすごいっすね。早速、教頭さんに年休申請しなきゃ。」
夏休みに入った七月二十八日に選任手続きがあるということで、教頭も年休を快く取得させてくれた。
「六人に選ばれて裁判に参加することになったら、後で話を聞かせて下さいね。守秘義務もありと思いますから、どんな事件を対応しただけでもね。」
と教頭は笑顔で送り出してくれたが、呼出状と言うネーミングが好きになれず、
『被告人や被害者と知り合いであった場合、縁戚関係があった場合などは裁判員にはなれない』ルールがあるから、それを個人面接の際に申告して、郁恵は当日までバックレたい気持ちでいっぱいだった。
選任手続日、当日、金沢地方裁判所に行くと、すぐに裁判員候補者待合室に通された。本人であることを免許証などで確認した後、裁判所係員から今後の予定について説明があった。
何としても、裁判員に選ばれなければならないという気持ちが湧いてきたのは、裁判員選任手続において、担当する事件の概要を聞いてからだった。
そこで『立花京香』を裁く、と知らされたからだ。
立花京香は、郁恵の一人娘、美咲の中学時代の同級生であり、クラスメイトだった。
美咲は、幼い頃から肌の色がほかの人より白い子だった。中学に進学した時、その肌のせいで『死神』というあだ名が付けられてしまった。そのあだ名を付けたのが、同じクラスだった立花京香だった。
美咲は初め、相当抵抗したそうだが、リーダー的存在だった京香は、周囲の人間をうまくまとめ上げ、美咲を標的にしたいじめをエスカレートさせていった。そして『死神』というあだ名だけでなく、そのうち暴力も振るうようになっていった。足を引っかけられて転んで怪我したり、頭も何度も思いきり叩かれたと言う。腹を思い切り殴られて、息ができなくなったこともあったと後で聞いた時は、言葉が出なかった。
美咲は辛いとか、悲しいとか何も言って来なかった。両親とも教師をしていて忙しい姿を見ていたからだろうか。手を煩わせてはいけないと考えたからだろうか。
二年生になってまた同じクラスになった時、立花京香が給食の時間に放った言葉が美咲にとって学校と縁を切る引き金の言葉となった、
給食を食べているとき、立花京香は美咲に対して
「あれー?なんでお皿が浮いてんのー?怖いんですけど。もしかしてオバケ?」
この言葉で、一瞬にして、美咲はクラスにおいて空気みたいな存在にされた。「死神」というあだ名も空気みたいな扱いもその後も続き、美咲は二年生の二学期から学校に行かなくなり、部屋から出てこなくなった。
郁恵は美咲が学校に行かなくなってから二週間後の九月半ば、美咲の担任、高崎千夏と面談をした。高崎は初任でこのクラスを任され、美咲がいじめられているのを知っていても、どう対処したらよいのか分からず、困惑していたと涙ながらに話した。
「私が下手にいじめグループを叱りつけたら、またそのグループが美咲ちゃんを虐めるのではないか、さらに酷い虐めを加えるのではないかと思い、何も対処できませんでした。本当に申し訳ありませんでした。」
「リーダー格だった、立花さんと会えますか?」
郁恵はこの新米教師に任せていたら解決しないと思い、直接、立花京香と対峙することを希望したが、高崎から出た言葉は予想外のものだった。
「立花京香は夏休み中に転校していきました。実は彼女は、彼女が十歳の時に父親が強盗強姦事件を起こして逮捕されているんです。逮捕直後、両親は離婚しているのですが、このたび七月に出所してきたんですね。お母さんはしっかりと縁を切りたいと考えられ、父親から離れるために転校することを希望されました。父親が学校に電話してきて、居場所を突き止められてはいけないと引っ越し先も学校側に伝えていきませんでした。だから私どもは誰も彼女の転校先を知らないのです。廣田さんも学校の先生をされていますからご存知でしょうが、本来ならば、指導要録を転校先に送らなければならないのですが、お父様の犯した罪、そして抱えていらっしゃる事情が事情なので、学校長も深く転校先、引っ越し先を聞かないようにしようという判断を下しました。なので、私たちは誰も立花さんの居場所が分からないのです。本当に申し訳ありません。」
美咲を執拗にいじめ、心をズタズタにした立花京香は、夏休み中に母親とともに忽然と姿を消したのだった。その事実を美咲に伝え、何とか学校に復活させようと頑張ったが、美咲の固くなった心は一向に開く気配を見せなかった。
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