第12話 出る杭は打たれるが出ない杭は腐る

あれから、十九年が経った。

美咲はやはり外との接触を極端に怖がり、何度働きかけても部屋から出てくることはなかった。何度も専門機関に相談した。変な霊にでも憑りつかれているのかと考えた主人は、どこで調べたのか、その手の人間を家に連れてきて、美咲の部屋の前で除霊を行ったこともあった。効果は全く見られなかった。

主人は今年から再任用が始まり、高等学校へ講師として数学を指導に行っている。契約期間は五年だ。私は定年まであと三年ある。もし、美咲がまだ部屋から出てくるようなことがなければ、私も主人のように再雇用で働かなければならない。でも五年だ。五年しか働けない。

美咲は今、三十三歳になった。外との接触を十四歳の後半からしていないのだから、まずは社会と関わるトレーニングから始めていかなければならない。義務教育も終えていない美咲が働けるようになるのか、自信がない。と言うよりも雇ってくれる会社があるのか。とにもかくにも、まず外に出てみようかと美咲の背中を押す出来事がないと何も始まらない。

しかし、背中を押すきっかけになる出来事が、今、目の前にある。

その出来事の展開の仕方によっては、美咲が外に出ようかと思うかもしれない、そんな機会を手に入れた。

これは神様がくれた最後のチャンスだ。

こいつだ。立花京香。美咲を追い詰め、引きこもりにさせ社会に出られなくした張本人を裁ける機会と出会ったのだ。


郁恵は当日用に用意された質問票を震える手を押さえながら、埋めていった。そして個人面接の順番を待った。

何としても選ばれなければならない。そしてこの手であいつを裁かなければならない。

待っている間、公民の学習指導要領に裁判員制度の解説が書かれていたページを必死で思い出す。個人面接の席で聞かれるのは、確か、『どうしても外せない急な用事が入ったり、今回の裁判で平等に判断出来ないといった理由はあるか?』ということと、『今回の被告人が自分の関係者(親族や深い関係の人等)ではないかの確認』であったはずだ。

 裁判官は『不公平な裁判をすると思われる人間は必ず外す』わけだから、郁恵は感情を表に出さず、無の境地で面接に挑むことを決めた。

個人面接の席には裁判長の他に、他の裁判官、検察官、弁護士も同席していた。

予想通り、担当する事件の感想や知り合いではなかったかなどと聞かれ、当たり障りのない感想を述べ、全く知らない人間であると答えた。そして

「万が一、選ばれてしまいましたら、他の裁判員の方と手を取り合いながら、頑張りたいと思います。」

と軽く添えた。

 出る杭は打たれる。どんな場所でもそうだが、前に出てくる人間は敬遠される。やたら熱くなっていたり、もう推理を始めているような人間は、絶対に失格になるはずだ。郁恵は最後まで無を貫いた。

全ての面接が終わり、三十分ほどたった後、裁判員六名と補充裁判員の発表があった。裁判員の中に、郁恵の名前があった。

 これは神の采配だ。やはり私が裁く運命だったのだ。

 選ばれた郁恵たちは別室で裁判長から、職務の内容などについての説明を受けた後、ぺら紙をもたされ宣誓をさせられた。

『ぼくたち、わたしたちは、裁判員として公平な判断をすることを誓います』

声には出しながらも、郁恵は絶対に有罪判決に持って行くと心で誓っていた。


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