第2話 選ばれた6人の裁判員


「すいません。評議が明日まであるので、御社に伺う日程を八月三日以降に調整して頂けませんでしょうか。本当に申し訳ありません。・・・ええ・・・すみません。何故か僕が裁判員に選ばれてしまいまして、本当に申し訳ありません。はい。」

 五番裁判員の謝罪する重い声が昼食休憩を取っている評議室に染み渡る。五番裁判員は、審理の四日間もずっと携帯電話で謝罪を繰り返していた。

「五番さん、大丈夫?ほらあんた、裁判中から何度も電話していたし、裁判終了後はすぐに会社に飛んでいっていたしさ。あんた、あたしみたいにさ、定年退職した身じゃないから、勤務しながらの裁判員は忙しいだろうよ。」

五番裁判員は携帯電話を鞄に投げ入れ、地方裁判所から注文した五百円弁当のふたを開けた。

「マジで勘弁してほしいっすよ。俺、電機メーカーに勤務しているんですけど、今年は例年にも増して猛暑じゃないっすか。家電量販店に出荷しているクーラーや扇風機が品薄状態で、今、工場に発破かけて出荷数を増やしてもらっているんすよ。それでも足りないって量販店が言ってきて、クレームになっているって今、滝田電機の店長から電話があって。今日もこの評議が終わったら、品薄状態の量販店に行って、お詫び行脚ですわ。」

「ありゃー。儲かるとはいえ、お詫びせなならんて、キツいなぁ。あたしゃね、日当がもらえるからね、この裁判員を引き受けたんだよ。年金だけじゃ生活に張りが出ないじゃないの。一日八千円もらえてさ、今回は六日間拘束でしょ。交通費は別にもらえるし。四万八千円ももらえるからね。このお小遣いが嬉しくてね。この裁判が終わったら、女房と和倉へ温泉旅行に行ってくるんだよ。あんたこんだけもらっても、なんも嬉しくないやろ。」

「いやいや。僕も最初は一番さんと同じ感情でしたよ。日当がもらえるし、会社は特別休暇にしてもらえたんで、喜んでいたんですよ。でも今は状況が変わりました。マジで評議を放棄して会社に戻りたいっす。ほんと、こんな酒の肴みたいな弁当を食べている場合じゃないっすよ。」

 五番裁判員は粕漬けと西京焼を一気にほおばり、ウーロン茶で流し込んだ。その様子を見て、二番裁判員の女性が郁恵にお弁当を持ってにじり寄ってきた。

「三番さん、確かにこのお弁当、日本酒のつまみになるために生まれてきたようなお弁当よね。味も濃いし。もっと良いお弁当とか出るんだと思ってた。がっかり。明日のお昼はこのお弁当は注文しないでおきましょうよ。」

「ええ。」

個人情報をむやみに悟らせないとはいえ、お互いを番号で呼び合うのは慣れない。三番さん、と呼ばれる度にプラスティックの物体になったような気分を覚える。

「お金をもらっているんだから、五番さんも文句を垂らさずやるべきよねぇ。引き受けた以上はねぇ。ねえ。」

「ええ、はぁ。」

二番裁判員はさらに顔を近づけてきた

「あの、目の前の四番裁判員、ずっと審理中から一言も喋らないじゃない。雑談にも応じないでしょ。あーいう人を裁判員に選んじゃだめよねぇ。議論に参加できるのかしら。」

 手みやげに、簡単な悪口でも持参しないと、他人とコミュニケーションがとれないようなあなたも議論には向いてないよ・・・という突っ込みをウーロン茶で飲み込み、郁恵は弁当の蓋を閉めた。

 お弁当にもほとんど手をつけず、ずっとスマホを眺め、誰ともコミュニケーションをとろうとしない四番裁判員は、確かに郁恵も当初から気になっていた。審理一日目の朝は、軽やかに誰とでも挨拶を交わしていたように記憶している。初日が終了した後、彼女はまるで逃げるように裁判所から去っていった。二日目以降、彼女の表情は常に汚物を目の前にぶら下げられているかのように、暗く濁っていた。

「暑い日が続いていますから、体調でも崩されたのではないでしょうか。線も細い方ですし、心配ですが、若い方でしょうから、回復も早いと思いますよ。」

「そうかねぇ。こういうのを引き受けた以上、体調管理もしっかりしなきゃね。お金をもらっているんだからさ。」

この二番裁判員は、若い人には厳しい言葉を浴びせてしまうタイプなのだろうか。私より十歳くらい上に見えるが、彼女から見て私は若い部類には入らないのか、審理初日から一番親しげに近づいてきていた。

「六番さんは、外食かな?気分転換したいって言っていたしね。でもこんな兼六園下にさっさと食事する場所なんてあるのかしら。どこも観光客で混雑していると思うけどね。あたし、主人の仕事でもこんな場所に縁がないからね、このエリアには疎いのよ。」

観光地であるから、食べる場所は豊富にあるだろう。六番裁判員が戻ってきたのは、評議再開五分前だった。外は相当暑かったようで、首に凍らせたペットボトルを当てながら登場した。

「あり得ないくらい暑いですね。僕もお弁当にすれば良かった。外に出るのは危険です。」

「酒のつまみの詰め合わせ弁当ですよ。絶対、外食の方がうまいですって。」

「いやいや二番さん。この時間に外に出たら熱中症になって、下手したら倒れますよ。」

「わし、死ぬなぁ。あんたまだ四十代ぐらいだろ、倒れんわいね。あぁ、もしかしてこんなに塩分が多いお弁当だったのは、熱中症予防かね。」

「はははは。そうかもしれませんね。僕は四十五です。家でフリーランスの仕事をしていますから、なかなか兼六園近くに来ることなんてなくて。色気出して街に繰り出したのが間違いだったようです。」

 一番裁判員がにこやかに合づちをうち、少し裁判員の中にも笑みが生まれた。

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