第80話 体育祭その二
午前中の競技も終わり、生徒会長の姉ちゃんが、昼食の時間をマイクで放送した。午後一時からの再開だ。
今日は立場柄、瞳さんと生徒会室で食べる事になっている。勿論他の生徒会役員も同じだ。
二人で生徒会室に戻ると
「柚希、上坂さん、そこにあるお弁当を食べて。飲み物は好きな物取っていいよ」
「「ありがとうございます」」
お弁当が積まれている山を見ると松花堂弁当だ。ちょっと贅沢。横に缶ジュース、お茶が置いてある。
お弁当と缶ジュースを取って瞳さんと二人で並んで食べる。午前中の事を話しながら食べていると副会長の西富さんが
「ねえ、上坂さん、山神君。君達あーんとかしないの?」
「しないですよ、そんな事」
「えーっ、でも毎日一緒に食べているんでしょ。そんなシチュ出ないの?」
「「でません」」
「でも一度見てみたいな。やって見てよー。あーんって」
「しません。自分の彼氏とやれば良いじゃないですか」
なんて事言うんだ。この人は。ちらりと姉ちゃんを見ると怖い顔している。
「私に彼がいるなら、今日は別の所で食べているわよ。ねえ、一回だけで良いから、見せて」
「真紀子、調子に乗らない」
「えーっ、会長も見たくないですか?」
「見たくない!」
西富さんが姉ちゃんに怒られてしゅんとしている。まあ、姉ちゃんが弟のバカップルな所を見せつけられるのはしんどいんだろう。
もっともそんな事、する気にならないけど。そう言えば姉ちゃんって彼氏いたっけな?
俺達は少し早めにテントに戻った。先生や体育祭実行委員の人達が、午前中で大分薄くなったラインを引き直している。
やがて姉ちゃん達も先生達も戻って来ると、姉ちゃんのマイクからの声で生徒達がクラスの休憩場所に戻り、体育祭実行員が持ち場に着くと午後の体育祭が開始された。
「柚希、私行って来るね」
「瞳頑張って」
瞳さんが混合リレーのスタートラインに向かった。赤白組から二人ずつ四人が並ぶ。トラックは一周二百メートルあるので一年と二年は百メートルずつの位置に分かれて集まる。男子、女子の順番でバトンを渡す。三年は二百メートルを一周する。俺なら絶対に無理。
一年男子がスタートラインに着き、トラック反対側の百メートル地点に一年女子が並ぶ。百メートル半周は、混乱を避ける為、同じラインを走る事になる。百メートルでバトンを貰った後、二百メートルに向って早い順に走り、二週目から交代の走者は内側から早い順に並ぶ一般的なやり方だ。
レディ、パーン。
スタートした。各学年から凄い声援が飛ぶ。凄いスピードだ。俺なんかが走ったら邪魔なだけだろうな。そんな事を思いながら見ていると
おっ、いよいよ二年だ。2Aは、三位の位置にいる。スタートラインに立ったのは武田だ。
「「武田君、頑張って!」」
「信之、がんばって!」
なんと、渡辺さんが他の女の子達とは違い名前で武田にエールを送っている。武田がそれに応えて手を振った後、走者がコーナーから立ち上がって来た。
武田が、走者からバトンを渡された後、…凄い、身長もありバスケ選手でもある武田が、次のコーナーで二位の選手に並んだ。
コーナー立ち上がりからは同列で走っている。かっこいいな武田。次の走者は望月さんだ。彼女が助走し始めると武田から上手くバトンが渡された。
速い!同列だった二位のもう一人を引き離し、凄いスピードで一位を追い始めた。トラック反対側には亮が待っている。
上手い!望月さんから亮にバトンが渡された時は、一位はもう目の前だ。
グラウンドが物凄い歓声と熱気に包まれている。
あっ、亮が一位に並んだ。凄い、中学の頃から亮は足が速かったけど、劣っていないんだな。反対側に待つ二年の女子にほとんど同時にバトンが渡った。
凄い事になっている。次はいよいよ三年生だ。向こう側に男子、女子の順で並んでいる。なんと瞳さんはアンカーだ。彼女に勝って欲しい。でもハチマキの色が違う。
いよいよ最後はアンカーを残すのみだ。二年の時に続いた接戦が続きっぱなしになっているという凄い状態で瞳さんにバトンが渡る。
グランドから凄い声援だ。最初のコーナーを回ってテントの前に迫ってくる。ここはもう。
「瞳頑張れ!」
瞳さんがチラッとこっちを見た。聞こえたようだ。
「柚希、あんた私情を挟んだわね。敵を応援するの?」
姉ちゃんからの口攻撃に
「敵味方じゃなくて瞳を応援したんだ」
「ふん」
姉ちゃんがああは言ったけど笑っている。瞳さんが最終コーナーを回った、頑張れ!
残念ながら二着だったけど、俺としては瞳さんの華麗なフォームをずっと見ていられた。直ぐに行きたいけど、ここは彼女がテントに戻って来るまで我慢。
汗を額に浮かべながら瞳さんがテントに戻って来た。
「瞳、頑張ったね、かっこ良かったよ」
「ふふっ、柚希、ありがとう」
俺がタオルを渡すとそれを受け取った瞳が汗を拭いた。戻して貰ったタオルは瞳さんの匂いで一杯だ。ついそれで俺の顔を覆いたくなった。俺ってやばい人間?
「ふふっ、柚希後でね♡」
「そこ。バカップルしていないで次の競技始まるから」
俺、武田信之。これから四百メートル走に出る。でもその前に静香に頼みたい事が有ってグラウンドの端に彼女を連れて来た。
「静香、もし次の四百メートル走で一番になったら…俺の思い叶えてくれるか?」
「…分かった」
もうここまでかな。ここで断れば私達は破局する。私の我がままで。
「信之、頑張ってね、期待している」
「本当か!見ていてくれ」
信之は身長が百八十を超えている。当然ストライドも長いし、バスケやっているから持久力もある。多分勝つだろう。でも本当は…。
四百メートルははっきり言ってきつい。二百ならまだしも、ほぼ全力で走らなければいけない距離だ。
隣に立っているのはサッカー部の男子。こいつは俺と同じくらいの身長だ。多分こいつがリードするだろう。
レディ。パーン。
くそっ、スタートで離された。そうはいくか。
二百までは並走だ。チラッと静香の方を見るとしっかりと俺を見ていてくれる。負けるわけにはいかない。
後、百だ。今目の前には誰もいない。後五十。苦しいけど…。くそっ、抜かれた。負けるか。
…負けた。体一つあいつが速かった。静香ごめん。
四百メートル走が始まった。武田君が必死に走っている。陸上しているから分かる。四百メートルはきつい。ほぼ短距離走と同じだ。
でも彼は必死に走っている。…私との為に。
あっ、一位に立った。…最後のコーナーで追いつかれた。彼も必死だ。ゴールは体一つの差で敗れた。
結果は二位。僅差だ。相手の子がサッカー部で身長も信之と同じ位あり、仕方ない所だ。
腕を膝に置きながら息を落ち着かせようとしている。
あっ、こっちを見た。私もじっと彼の顔を見た。私から目を離さずにこっちに帰って来る。
……分かったよ信之。君の気持ち受け取るよ。
彼が帰って来た。
「静香、俺…」
「信之、頑張ったね」
私は、まだ汗の引いていない信之に私のスポーツタオルを渡した。
「ありがとう静香」
「ねえねえ、武田君と渡辺さん、名前呼びしている」
「二人付き合っているのかな」
「武田君が病院退院した辺りからじゃない」
「そういう事かあ」
俺は四百メートル走全力で走ったけど、サッカー部の奴に負けた。やはり体育館内とグラウンドでの運動力の差か。悔しいけど仕方ない。
これで俺が静香と約束した事は実行されなくなった。でも彼女のスポーツタオル、思い切り彼女の匂いがした。嬉しかった。
「信之、君の気持ち受け取るよ」
「えっ?!」
―――――
武田君、残念だったけど努力は実ったみたいだね。
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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