第70話 静かになった筈なのに


 始業式の日に瞳さんと約束した塾の事を母さんに言ったら喜んでいた。当然父さんの勤める大学に行くのでしょうと言われ、それはちょっと無理と言っておいた。


 姉ちゃんは、俺より遥かに頭が良い。常に学年一、二位を瞳さんと争っているらしく、父さんの勤めている大学に行くのが当たり前の事の様に言っている。


 とにかく俺は親の許可は出たので、その週の土曜日に学校のある駅の傍に有る可愛塾に瞳さんと入塾申し込みに行った。オンラインでも出来るけど、塾の中も見たいという事で決まった。


 係の人に説明を聞いて困ったのは、瞳さんはどの大学レベルつまり有名国公立か難関私立を選ばないといけないらしい。それによってカリキュラムも違う様だ。


 俺は現役二年なので理系志望の現状補強という事になるらしい。


「柚希、あなたはどうするの?」

「えっ、俺は現役理系で」

「そういう事では無いわ。私は大学に行っても貴方と一緒がいい。出来れば有名国公立コースを選びたいけど、柚希も来年はこのコースを選ぶのよね?」

「それは…」


 俺の頭ではとてもじゃないけど、父さんの勤める大学なんて行けない。行けるのは姉ちゃんだけだ。俺に頭の良さは遺伝しなかったらしい。


 瞳さんは係の人に

「今日決定するのは止めておきます」

「そうですか。でも早くしないと定員が一杯になって申し込めなくなってしまいますよ」

「それは困るけど、仕方ないわ。柚希外で考えよう」

「はい」



 説明を終えて小さな会議室から出るとフロアで姉ちゃんに会った。

「柚希、申し込みに来たの?」

「うん、でも今日は申し込めなかった」

「申し込めなかった?」

「うん、瞳の取るコースは、来年俺には取れないから」


 姉ちゃんは瞳さんを見て

「上坂さん、私情で判断を間違えない方がいいわ。弟を好いてくれているは嬉しいけど、あなたには大切な立場があるでしょう。じゃあね、次の講義が始まるから」


「柚希、私の家で話そうか」

「はい」



 俺達が外に出ようとした時、どこかで見た後姿が有った。あれ、確かあれは北川さん。彼女もここに通っているのかな?


 彼女は始業式の時声を掛けられたが、それ以降は俺に近付きもしない。あの事がどういう意味だったが忘れていたけど、害が無ければどうでもいい。




 瞳さんの家に行き、昼食をご馳走になった後、先程の話になった。

「柚希、私は大学に行っても柚希と一緒に居たい。だから柚希も来て」

「俺の頭では無理です。地頭が姉ちゃんや瞳とは違います。だから俺は普通レベルの私学に行くのが精一杯です」

 元々中の中を目指していた俺だ。父さんの勤める大学なんてとんでもない。難関私立も同じだ。



「でも今からならまだ間に合うわ。私が柚希にずっと付いているから一緒に勉強しよう」

「それはさっき姉ちゃんが言った通りです。俺の所為で瞳が志望大学行けなくなる。だからその案は却下です」

「じゃあ、私が柚希と同じ大学にする」

「それも却下。瞳さんは大切な将来が有るでしょう。思い出したくもないけど、前に瞳さんのお父さんに言われた事を」

「あれは…。じゃあ柚希は私と別れるというの?」

「それは絶対にしない」

「じゃあ、どうするのよ」


 瞳さんが俺を抱きしめて来た。

「あなたで無くては嫌なの。貴方しかいないの。だから大学は一緒に行きたい。柚希お願い」

「俺も同じ気持ちです。考えさせて下さい。俺の頭をどんなに厳しく鍛えてもあの大学は無理です」

「そんなぁ…」


 瞳さんはそのままいつもの事を要求して来た。俺も嫌いじゃないし、現役の男子高校生だ。彼女の魅力には勝てない。



…………。


 彼女が俺の腕の中にいる。いつ見ても綺麗な体だ。真っ白な肌。綺麗に形作る胸、そのままキュッと絞まった括れを持つ腰、そして綺麗に盛り上がったお尻。放したくない。俺だって出来れば行きたいよ。でも俺の頭じゃ無理。


「柚希、何考えているの?」

「ううん、何でもないです」


「じゃあ、もう一度」


 最近、瞳さんが変わった気がする。前までこんな事にこんなに夢中にならなかった。もっと淡白だった。むしろ俺が夢中だった。俺が慣れて来て彼女が溺れていく。でもこれが普通なのかな。誰に聞ける訳でも無いし。当面これで良いか。


 


 午後五時になって彼女の家を二人で出た。お母さんは午後六時に帰って来るらしい。


 瞳さんの家に行った後は、駅前の喫茶店で一時間位過ごして俺がもう一度彼女を家に送ってから帰るのがパターンになった。


「瞳、もう少し考えさせて」

「分かったわ。でも一緒に勉強しよう」

「それは構わないですけど」



家に帰って自分の部屋に入ると


コンコン。


ガチャ。


「柚希、今良い」

「なに、姉ちゃん」

「今日塾であなた達に会ったでしょ。もうコースは決めたの?」

「俺の?」

「上坂さんの」

「まだ二人共決めていない。瞳はあの大学に行くのがマストみたいだけど俺はナイスツーハブ程度だから。どうしようかと思っている」


「柚希、厳しい事を言うけど彼女は上坂精密機器の一人娘。当然将来は決まって来る。そして彼女の両親も彼女に相応しい男を必要とするわ。それは当たり前の事よ」

「姉ちゃん、何言いたいだ?」


「彼女はあの大学に行く。貴方があの大学に行けなければ、当然彼女の両親はそれを利用して、彼女に相応しい人を見つけようとするでしょうね。

 これはこの前の事とは全く違う次元の話。貴方が覚悟を決めるか、それとも諦めるか。彼女の事が大切なら今の内に考えておきなさい。

 可愛い弟が、悲しむ事は最低限のレベルにしたい」

「姉ちゃん…」

「よく考えて柚希」



 俺はその日、疲れているはずなのに眠れなかった。明日も瞳さんと会う、だから早く寝ないといけないのに。


―――――


 むむっ、意外な方向から二人の関係を脅かす事案が出て来ましたね。


次回をお楽しみに 


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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