第59話 お正月になりました


柚希が上坂瞳の家に行った後からの時間。物語の元の流れに戻ります。


―――――


 俺が、瞳さんの家で誤解を解かれてから数日が経った。そして今日は大晦日だ。と言っても俺は何もする事は無い。心の中が空っぽなだけだ。



 クリスマスの翌日梨音がアメリカに発った。特に送りに行くというつもりもなかったし彼女もそんな気持ちも無かったんだろう。どうせ来年冬休み明けには会えると思っていたから。


 そう、そう思っていた。そうしたら昨日梨音からチャットメールが来た。ちょっと長かったけど。でもそれを見た俺は、何か心の中にぽっかりと穴が開いた気持ちになった。何故か分からない。


 内容はこうだ。


『柚希、クリスマスの日はありがとう。本当に楽しくて嬉しかった。貴方に抱かれた感覚はいつまでも忘れない。


 いきなり別れていきなり戻って行って本当に迷惑な女と思ったでしょうね。でも本当に彼なんていなかった。これは本当の事。私の考えが甘かっただけ。


 もう、私は日本には帰らない。両親と一緒にこちらに住む事にした。貴方を愛している。ずっと愛している。

 でも上坂先輩や渡辺さんの事を思うと辛い毎日を一人で暮らすのはきつかった。


 ごめんなさい。いきなり別れていきなり戻って、またいきなり別れるなんて。酷い女だと思うでしょうね。


 でもそう思われても仕方ない。我儘な女でごめんなさい。


 最後に。上坂先輩はあなたを裏切っていない。これは女の感よ。


 さようなら幸せにね』



 俺はこの文章を読んだ時、スマホを投げつけたくなった。なんなんだ。確かに瞳さんは俺を裏切っていなかった。


 でもそれと梨音への気持ちは別だった。俺はもしかしたら梨音を選んだかもしれないという気持ちが心の底に芽生えていたからだ。


 俺は駄目な男だ。梨音の心の奥底にあるものが見えなくて酷い事を言ってあの子を困らせていただけだったんだ。


 俺は人を好きになっちゃいけないんだ。友達のままでいいんだ。そうすれば誰も傷つけない。そうだよ。俺はその程度の男なんだから。


 瞳さんは好きだ。でも彼女の言葉も信じないで勝手に妄想して。これだって彼女の気持ちをしっかりと汲んであげれば…。確かに誤解は解けた。でも元に戻れる気持ちになれるのか。

 渡辺さんとも友達の範囲でいよう。そうすれば彼女も傷つかなくて済むかもしれない。


 勝手に目元から涙がこぼれ落ちる。何故か分からない。ただ悔しくて悔しくて。心の中でどうしようもない自分を殴りつけたかった。


 部屋でぼーっしているとスマホが震えた。瞳さんからだ。

『柚希、私』

『はい』

『どうしたの?声が暗いけど』

『そんな事無いですけど』

『嘘。柚希の事は良く分かるよ。嘘つくの下手だし』

『そうですか』


『ほら暗い。それより明日、一緒に初詣行こう。家の近くに有名な神社があるんだ。お参りしたら話聞いてあげる』

『いいですよ。瞳にとって迷惑な話だから』

『ふふっ、柚希の気持ち悪い事も半分こするのが、彼女の勤めよ。じゃあ明日。私の家の最寄り駅改札午前十時ね』

『はい、分かりました』


 喜多神社に行くのかと思ったら、地元の神社に行くらしい。まあそういうものか。我が家は、例年家族で喜多神社に行く。俺は瞳さんと一緒に初詣するという事で今年はパスした。



 瞳さんの家での会話が有ってから毎日の様に会った。姉ちゃんには事情を話した。最初は驚いていたけど、段々分かってくれて。


 冬休みが開けたら何とかしてあげると言ってくれた。瞳さんが俺の家に遊びに来た時、姉ちゃんがきちんと頭を下げて瞳さんに謝ってくれた。少し安心した。


 でもそこに昨日、梨音からのチャットメール。瞳さんに簡単に気持ちを読まれてしまった。今度は素直に言おう。




 俺は、今瞳さんの家の最寄り駅の改札を出た所にいる。午前九時四十五分だ。本当は家まで迎えに行くと言ったのだけど、神社は駅の反対側にあると言っていたのでここでの待合せになった。


 駅の周りには華やいだ雰囲気が一杯だ。スーツ姿の男性に着物姿の女性が何組も歩いている。


 ちょっと遠くを見ると瞳さんが歩いて来ているのが見えた。直ぐに近くまで行って

「瞳、明けましておめでとう」

「明けましておめでとう柚希」



 瞳さんは薄い青を主体とした着物に金糸の帯、首周りには白いファーが巻かれていて髪には素敵な簪がある。


「瞳、とても綺麗だよ」

「ふふっ、ありがとう。柚希と初詣だから気合入っちゃった。行こうか」

「はい」



 駅の裏側からは直ぐに参道が有って、そこがそのまま商店街になった雰囲気だ。着物姿の女性が一杯いる。

 そこを抜けると大きなりっぱな鳥居が有り、参道が続いていた。



「たくさんいますね」

「うん、この辺では、一番有名な神社だから。結構かかりそうね」

「瞳と一緒だから気にならないよ」

「ふふっ、元旦から素敵な事言ってくれる。嬉しいわ」


 一列七人で参道を歩いた。帰り道は別に用意されている様だ。


 途中で手を清めてから境内に着いた。二人で二礼二拍一礼してお祈りをすると横にずれた。


「柚希は何をお願いしたの?」

「それ言うと叶わないって言うでしょ。だから言わない」

「良いじゃない。減るもんでもないし。私は柚希とずっと幸せで居れます様にってお願いした」

「…………」

 ちょっと心に刺さるんだけど。


「なんで黙っているの?そこは嬉しいとか言うんじゃないの。分かった。何か心に引っかかっているんでしょ。昨日の電話の話ね」

「えっ、まあ」

「分かったわ。後から聞いてあげる。それより柚希、おみくじしよう。この神社のおみくじってよく当たるんだって」

「へーっ、そうなんですか」

 


 ここのおみくじはシンプルだ。お金を入れて透明なプラスチック容器入っているおみくじを中から取るだけだ。本当にこれで当たるのかな?


「あっ、中吉だ。恋愛は成就と書いて有る。やったあ」

「俺は吉だ。待ち人は直ぐには来ないって。恋愛は待てば来るだって」

「なんか、合わないな。まあいいや。そこの枝にむすんじゃお。良くない結果は、ここに結んでおくと後で神社側で良くなるように祈祷してくれるんだって」


 それが本当ならいいけど。



「ねえ、私の家でお昼食べよう。お父さんもお母さんも柚希が来るの待っているわ。それから話を聞いてあげる」


 あれから俺は瞳さんの両親にしっかりと信用された様だ。特にお母さんからはいたく気に入られている。



 瞳さんは着物を着ている為、歩くのはゆっくりだ。それに合わせて歩いていると駅の方から知っている人が歩いて来た。渡辺さんだ。着物を着ている。


 ピンクを基調とした綺麗な着物だ。首には白いファーを巻いて素敵な簪をしている。背が高いからとても似合うし目立つな。

 男の人と女の人が一緒に歩いている。誰だろう?



 私、渡辺静香。前から山神君が来るのが分かった。隣にいるのは…えっ!上坂先輩。なんで?

 山神君は彼女と別れたんじゃないの?どういう事?近づいて来た。



「渡辺さん、明けましておめでとうございます」

「山神君、上坂先輩。明けましておめでとうございます」


 一緒に居る男がじっと俺の顔を見ている。

「あっ、紹介するわ。私の兄と彼女さん」

「初めまして。静香の兄の渡辺祐樹(わたなべゆうき)です」

「初めまして山神柚希です」


「お兄さん行こうか」

「えっ?いいのか」

「うん」


 渡辺さんが気を利かしてくれたのか。あれは怒った顔してたけど。瞳さんは完全に無視している。


 


 瞳さんの家に着くと

「明けましておめでとう山神君、さっ入って」

「明けましておめでとうございます。お邪魔します」


 お父さんは自室の様だ。ダイニングにもリビングにもいない。


「山神君はまだ高校生だからいっぱい食べるでしょ。お餅はいくつ食べる?」

「お母さん、いきなりそんな事言っても」

「瞳さん、いいです。お腹そろそろ空き始めましたから。お餅二個食べます」

「じゃあ、私は一個」

「瞳さんはその前に着物脱がないと。ちょっと待っていてね山神君」

「はい」

 

 十五分位して私服に着替えた瞳さんとお母さんがダイニングに戻って来た。

「直ぐに作るから待っていてね」



 結局俺はしっかりとお節とお雑煮を頂いてお腹が一杯になってしまった。

「ふふっ、柚希一杯食べたわね。そろそろ私の部屋に行こうか」

「はい」




「何が有ったの?柚希」

「実は、…梨音がアメリカに帰りました」

「えーっ!」


 私は流石に驚いた。両親を説得して去年の九月に日本にやって来て四か月。まだ四か月なのに。


「そう…、理由は聞かないわ。でも柚希が暗いのはいや。だから」


 瞳さんが俺に抱き着いてキスをして来た。俺も彼女の背中に手を回して…。


コンコン。


「「えっ!」」


 直ぐに離れると


「瞳さん入るわよ」


ガチャ。


「お茶とお菓子を持って来たわ。召し上がれ」

「ありがとう。お母さん」

「ふふっ、山神君。外に出る時は口元拭いてからね」


 意味分からずに柚希の唇を見ると

「あーっ!」


「瞳さん、大きな声を出すとお父さんに気付かれるわよ。ごゆっくりね山神君」


ガチャ。


 俺達は下を向いたまま固まってしまった。


―――――


 さて、元旦から賑やかな柚希と瞳でしたね。

 渡辺さん冬休み明けどう出るのかな?


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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